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    『聯合艦隊司令長官 山本五十六』映画が語る戦争の意味と人のあり方

    太平洋戦争から約70年経った2011年、ある戦争映画が公開されました。映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』。戦争に反対しながら、戦争を指揮した男、山本五十六。そんな山本五十六の半生から、戦争の意味と人のあり方を問いかける映画です。

    山本五十六の略歴

    生年月日  : 1884年4月4日
    出身     : 新潟県
    所属組織  : 大日本帝国海軍
    軍歴     : 1901年 - 1943年
    死没     : 1943年4月18日(満59歳)
    最終階級  : 元帥海軍大将

     山本五十六は日独伊三国同盟の締結に対し、米内光政、井上成美らと共に最後まで反対。

     そんな山本五十六が1939年8月30日、第26代連合艦隊司令長官(兼第一艦隊司令長官)に就任。
     この就任は、山本五十六の采配・指揮能力を買われたものではないと言われている。
    三国同盟に強硬に反対する山本五十六が暗殺されるのを同士の米内が危惧し、一時的に海軍中央から遠ざける為の人事だったらしい。

     しかしその後、山本五十六は連合艦隊司令長官に再任(1941年8月11日)。
     その後は、戦死するまで、前戦で指揮を執り続ける事になる。
     年表は以下の通り。

    ◆1941年12月8日・真珠湾攻撃によりアメリカとの戦争に突入。
    ◆1942年6月5日・ミッドウェー海戦で山本五十六は多数の戦艦・人員を失う。
    ◆1942年11月12日~15日・第三次ソロモン海戦で、さらに戦艦2隻を失う。
    ◆1943年2月1日~7日・ガダルカナル島撤退作戦を遂行。兵士1万600名余の撤退に成功。
    ◆1943年4月18日・前線航空基地の将兵の労をねぎらうため、数基の戦闘機で移動中、アメリカ軍に急襲され、戦死。

    映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』

    2011年12月23日に公開。
    全国308スクリーンで公開され、2011年12月24・25日の初日2日間で興収1億5078万7300円、動員12万4972人を記録する大ヒットとなった。

    キャッチコピーは「誰よりも、戦争に反対した男がいた。」

    映画のあらすじ

    1939年(昭和14年)夏。
    「日独伊三国同盟」締結の声に日本は大きく揺れていた。それを強硬に主張する陸軍、マスコミ、そして国民。
    しかし海軍次官山本五十六(役所広司)、海軍大臣米内光政(柄本 明)、軍務局長井上成美(柳葉敏郎)は、その「世論」に敢然と異を唱えた。
    日本がドイツと手を組めばアメリカとの戦争は避けられず、十倍の国力を持つ国と戦えば、この国は滅びる……。
    彼らの命を賭した反対で、三国同盟問題は立ち消えとなり、山本五十六は聯合艦隊司令長官として旗艦「長門」に着任するが、同時に欧州で
    ドイツの快進撃が始まり、同盟締結の声は再び沸騰する。
    1940年(昭和15年)9月、ついに三国同盟は締結された。そして一年後――。
    太平洋上の空母から飛び立った、日本海軍350機の大攻撃隊がアメリカ太平洋艦隊に襲いかかった。それは戦争に勝つためではなく、一刻
    も早く終わらせるために、山本五十六が生み出した、苦渋に満ちた作戦だった……。

    出典:http://www.amazon.co.jp

    映画の監督・キャストなど

    監督     : 成島出
    監修・原作 : 半藤一利
    脚本     : 長谷川康夫、飯田健三郎
    主要キャスト
    山本五十六(聯合艦隊司令長官) - 役所広司
    米内光政(海軍大臣) - 柄本明
    井上成美(海軍省軍務局長) - 柳葉敏郎
    山口多聞(第二航空戦隊司令官) - 阿部寛
    宇垣纏(聯合艦隊参謀長) - 中村育二
    黒島亀人(聯合艦隊先任参謀) - 椎名桔平
    南雲忠一(第一航空艦隊司令長官 兼 第一航空戦隊司令官) - 中原丈雄

    映画の予告動画

    映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』に対する世間の反応

    偶にこういう映画があるといい。
    そして、それを受け入れる心がそこにあったら、なお良い。
    だから、色々な人が観るといいなと思う映画です。
    中には、この小さな波紋が、大きく心に影響する人も居るかも。

    出典:http://movies.yahoo.co.jp

    知識に乏しく、イメージ的に戦犯だと思っていた山本五十六。父親が56歳の時に生まれたからが名前の由来らしいが、日本人としてしっかりとその生涯を知っておく必要がある人物だと思う。

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    本作においては歴史考証において甘い所が多々あり、山本を過大に評価しているような気もする。とくに戦術面において南雲をスケープゴートのように扱ってるところはやや偏りがある。
    半藤さんの歴史評価だろうか。

    歴史の評価は難しい。
    だが、すべて一貫して英雄的に扱うのは、無理がある。英雄にも欠点はある。失敗もある。

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    山本五十六の映画なので仕方ない面はあるのですが、山本がヒーローでそれに反する形で描かれる永野や南雲が必要以上に無能で悪役的に描かれている点が気になります。
    ミッドウェイ海戦の失敗にしても実際は山本が部下の反対を押し切って作戦実行を決断した事実がまずあり、さらに機動部隊から遥か後方に大和ら主力部隊があってまったく機動部隊の護衛になっていなかったという山本自身の判断の誤りによる部分もあったのが事実です。それが如何にも成功するはずだった作戦を南雲ら現場の判断で台無しにした的な描き方には違和感があります。

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    すべて裏目に出た戦局は最後には暗号解読と倍の戦闘機による迎撃で戦死されることになったんだと。これまで日本の映画は英霊に対して辱めるような映画は作れないという思いなのか内容的にはもうひとつでしたが本当に戦争で亡くなった方たちの想いを真剣に伝えようとした良い映画ではないかと思います。

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    軍令部の反対を押し切って実行された真珠湾攻撃を大戦果へと導いたのが山本五十六なら、その半年後に大惨敗を喫する事になる、ミッドウェー海戦を発案したのも同じ山本五十六です。
    そう言った意味では功罪併せて語られる事の多い人物ではあるのだけれども、役所広司さんの演技力や語られるエピソード等を観ていると、“随分と人間的な魅力の大きな人物だったんだなあ…”と感嘆させられます。

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    日本には役所さん以外に主役を張れる役者はいないのでしょうか?と思うほど役所さんの映画が目に付きますね。スクリーンに映るだけで絵が引き締まる感じは、なかなかいないのかもしれません。
    なんでもそうですが、結果論として山本五十六のような人物を失ったことは一国民として残念ですが、もしあの作戦が成功していたら果たして今のような幸せな平和ボケを享受できていたのか。
    何の資源もない島国が生き残るためにはギブアンドテイクは成立しないわけで、血の気の多い軍部が残っていれば資源国への侵略論は必ず再燃したはずです。
    時間がたてば技術開発は進み、核兵器でも作ろうもんなら真っ先に加害者になっていたのではないかと思います。
    そして諸外国からコテンパンにやられて、○○国領日本島なんてことになってたのかなと。
    つくづく考えちゃいました。

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    山本五十六が登場するその他の映画

    戦争に反対しながら、戦争に身を投じた山本五十六は、その生き方が評価され、過去に幾度か映画されています。
    また、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦など、太平洋戦争の節目で指揮をしていた人物として、その他の映画でも山本五十六はしばしば登場しています。

    そんな山本五十六が登場する映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』意外の映画をいくつか見てみましょう。

    そこにはまた違った山本五十六が映っています。

    映画『太平洋の鷲』

    1953年に東宝より公開。
    敗戦後に東宝が初めて製作した大作戦争映画。

    戦後初の本格的特撮戦争映画大作。圧倒的国力の差から日米開戦に極力反対してきた山本五十六(大河内傳次郎)は、それが避けられないと悟るや、真珠湾奇襲を計画し、これを成功させる。かくして太平洋戦争が始まるが、半年後のミッドウェイ海戦で日本は大敗してしまい、山本の願っていた早期和平の夢も、ここについえてしまう……。山本五十六を主人公に、民間人をほとんど登場させず、論理的に史実を羅列していく作りであるが、これは後の日本の戦争映画の1パターンを築きあげることにもなっている。山本を演じる大河内傳次郎の堂々たる貫禄もいい。監督は、後に『ゴジラ』をはじめとするSF特撮映画の名匠として世界的に知られることになる本多猪四郎。特撮は円谷英二。真珠湾奇襲シーンの特撮は、彼が戦時中に手がけた『ハワイ・マレー沖海戦』から流用されている。(増當竜也)

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    映画『連合艦隊』

    1981年に東宝より公開。
    本郷家と小田切家という二つの庶民の家族を軸に太平洋戦争を描いた群像劇。

    日独伊三国軍事同盟の締結に始まり、真珠湾奇襲による太平洋戦争開戦、ミッドウェイの敗北、レイテ島突入失敗のミステリー、そして戦艦大和の沖縄特攻と、日本海軍の興亡をパノラマ的に描きながら、その中で必死に生をまっとうしようとした人々の姿を群像劇として魅せきる戦争映画超大作。監督の松林宗恵は僧侶であり、また海軍出身者でもあり、そんな自身の映画キャリアの総決算として本作に取り組んだ。
    声高に反戦を叫ぶことなく、仏教的無常感をもって戦争の空しさを訴える卓抜した演出。小林桂樹扮する山本五十六ら軍関係のドラマと、民間のドラマは別することなく同一線上のものとして語られ、戦争とは運命の流れではあれ責任はすべての者にあると厳しい断を下す。その中でずば抜けて素晴らしいのが、財津一郎と中井貴一(これがデビュー作)が繰り広げる親子のエピソードで、「親より先に死ぬ阿呆がどこにいる?」と嘆く父の台詞は、本作のテーマでもある。大和が海に沈むスペクタクルは言うまでもなく、しかしその後の無常の展開が松林監督初の戦争映画『人間魚雷回天』と相似していることから、改めて彼の覚悟を思い知らされる。谷村新司の歌う主題歌『群青』も画面と見事に融合。戦後日本の戦争映画を語る上で絶対に外せない傑作である。(的田也寸志)

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    映画『TORA! TORA! TORA!』

    1970年にアメリカ・日本の合作映画として公開。
    「史上最大の作戦」のプロデューサー・ダリル・F・ザナックが手がけた戦争巨編。

    1941年12月8日の、日本軍によるハワイ真珠湾奇襲攻撃、太平洋戦争勃発へ至る日米の確執を双方の立場から公平に描いた、画期的な一大戦争スペクタクル超大作。アメリカ側監督にリチャード・フライシャー、日本側監督に舛田利雄、そしてアクション監督に深作欣二。それらを最終的にプロデューサーのエルモ・ウィリアムスが統括するという合作スタイルで、前半は日本がアメリカに対して開戦へと踏み切るさまが緊迫感をもって描かれ、クライマックスでは鉄と鉄とがぶつかりあう戦闘シーンがまさに本物の迫力をもって繰り広げられていく。
    当初日本側の監督は黒澤明だったが、未だに詳細不明な謎の理由で降板。しかし彼が携わった脚本はそのまま活かされて撮影は続行されたので、ドラマも非常に充実。アメリカが日本を戦争に誘い込もうとしている節を匂わせているのも、当時の風潮としては大英断だったろう。史実を大いにねじ曲げた『パール・ハーバー』と比べるまでもなく、本作の正当性は一目である。(的田也寸志)

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    映画『The Gallant Hours』

    1960年にアメリカで公開された映画。
    邦題は『山本元帥対ハルゼイ堤督 太平洋紅に染まる時』。
    文字通り、太平洋戦争でアメリカ側の司令長官として戦ったハルゼイ堤督と日本側の司令官・山本五十六との駆け引きをアメリカ視点で描いた作品。

    1942年10月、ハルゼイ大将(ジェームズ・キャグニー)はガダルカナル島へ視察に飛立った。トラック島の日本連合艦隊司令部で、長官山本五十六(後藤武一)は、その報にカンを働かせ、戦闘機に彼の飛行艇の捕捉を命じた。ハルゼイは日本軍の無電の交換が急増したのを知ると、ヌミア基地に着陸させた。南太平洋海域の司令官に任命する通知がいていた。こうして好敵手のハルゼイと山本の関係が始まった。ハルゼイはガ島反撃のため全戦力を投入する重点作戦をとることに決めた。日本語のうまいパラスキ情報中佐が日本軍の全無電の傍受を命ぜられた。翌日、ガ島にとんだハルゼイは傍将兵を励ました。日本軍飛行機の損害が激増した。山本長官は新作戦計画をたてた。4日ガ島を占領しようというものだ。大艦隊南下の報に、ハルゼイは目的がガ島だと直感した。大事な空母に出撃を命じた。この日の交戦で空母1隻が撃沈され、1隻は大破した。が、日本軍の損害も少なくなかった。次の攻撃を11月11日と推測したのは当たった。日本軍は全ての点で優れていた。ただ、1年も同じ暗号を使っていた点を除いては。9日、新兵力がガ島に送りこまれ、半身不随のエンタプライスが戦艦の護衛で出撃した。ハルゼイは愛息の乗機が行方不明の知らせを受けた。――山本はブーゲンビル島へ飛ぶ決意をした。その無電が傍受され、ワシントンに送られた。レンゴ水道で待伏せの小艦隊は日本軍に全滅された。ハルゼイは愛息が救助された知らせも同じ頃受けた。無電は本国で解読され、山本の乗機をめざして戦闘機が出撃した。撃墜の報がきた。ハルゼイは好敵手の死を深くいたんだ。...

    出典:http://eiga.com

    この映画が伝えたかった事とは

    如何だったでしょうか?
    実は、この映画は「太平洋戦争70年目の真実」というわりに"史実と異なる"、と言われてしまう事もあります。

    率直な感想として、従来の多くの同種の映画と同様海軍善玉論、米内光政、山本五十六、井上成美の海軍トリオ賛美論に立脚していて正直つまらない筋書きであった。半藤一利の監修だからむべなるかな。

    出典:http://blog.goo.ne.jp

    東京裁判をアメリカはニュルンベルク裁判のドサ回り公演と位置づけ、ドイツのナチスに相当するのは、陸軍だと決めたそうですね。陸軍悪玉論は、ここでも、でっち上げられたのです。ちなみに海軍軍令部の生き残り参謀たちも、山本を全く高く評価していません。ある参謀は不道徳なギャンブラーと評していました

    出典:http://www.rui.jp

    この映画は、もちろん山本五十六を美化しているわけだが、それだけでは終わらない。数少ない正しい判断を行えた、大きな器の人物であるとは描いているのだが、その言動は明らかに裏目に出続ける。様々な妨害や、南雲の臆病さ、日本の国力も原因だが、何よりも山本と現場に距離があったことが致命的な問題として描かれる。
    太平洋戦争の経過を記憶している視聴者としては、山本は知将というより、失敗の前フリ台詞を連発する道化師という印象が残った。真珠湾攻撃の前に開戦通告を行うよう何度も確認する描写など、ほとんどダチョウ倶楽部だ。

    出典:http://d.hatena.ne.jp

    それらの意見もある意味正しいと思います。
    しかし、この映画が伝えたかった事は、「史実」そのものではなく、山本五十六やその周りの人々を通した戦争の意味と人のあり方だったように思います。

    「戦争とは?」、「国が戦うという事とは?」、「人が生きるという事とは?」、「人が死ぬという事とは?」、「信念とは?」・・・

    日本が集団的自衛権を行使できるようにし、軍事力の拡大を急ぐ姿も垣間見える昨今、そうした問いかけを自分自身にしながら、まさに今、見てほしい映画です!

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