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昭和の名優・田中邦衛の現在(2020)!経歴や子供は?漫画のモデルに?

ドラマ『北の国から』でおなじみである昭和の名優・田中邦衛。この頃はメディアで見かけることがほぼなくなりましたが、現在は一体どうしているのでしょうか。そこで今回は、田中邦衛の経歴や家族のこと、そして現在に至るまでを探ってみたいと思います。

田中邦衛のプロフィール

 

  • 本名(ふりがな):田中 邦衛(たなか くにえ)
  • 生年月日:1932年11月23日
  • 現在年齢:87歳
  • 出身地:岐阜県土岐郡(現在の土岐市)
  • 血液型:O型
  • 身長:167 cm
  • 活動内容:映画・テレビドラマ・演劇
  • 家族構成:配偶者、娘

 

 

『学校』で日本アカデミー賞に

1993年の映画『学校』は、幅広い年代の生徒が集まる夜間中学校を舞台に、挫折や苦境から立ちあがる人々を描いた映画です。

 

この作品で、田中邦衛さんは、中年になるまで文字が読めず、苦労しながら夜間学校に通う生徒を演じ第17回日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞しました。

 

日本アカデミー賞で、ノミネートはそれまでに何度かあったものの、受賞は初めてでした。

田中邦衛の人柄

田中邦衛さんは、生真面目でシャイな性格で有名でした。その、言動や行動についての数々のエピソードが「田中邦衛ばなし」として共演者から、語られる事が多かったのです。

 

独特の語り口調や表情は、多くの人からモノマネをされており、小堺一機さんが『北の国から』の黒板五郎や楽屋裏での田中邦衛さんのモノマネをするようになり、さらに広く知られるようになりました。

 

また、多数の映画に出演していて、多忙だったため、自信がが出演した映画を映画館のスクリーンで観たことがなく、2007年、75歳にして初めて観客の一人として作品を鑑賞したのだそうです。

 

また、若い頃の田中邦衛さんは、俳優として多忙を極めており、家にいることがとても少なかったそうです。そのため、いざ2人の娘達を目の前にすると、照れてしまって、うまく喋ることができず、叱ったことさえないのだそうですよ。

『最後の忠臣蔵』以降出演なし

田中邦衛さんは、2010年公開の映画『最後の忠臣蔵』に出演以降は、映画やドラマの出演がなく表舞台からは遠ざかっています。

地井武男のお別れの会に参列

2012年に数々共演をした地井武男さんのお別れの会に発起人の1人として参列をし、お別れの言葉を述べました。

 

「おいら、何度言われても信じられないよ。去年の暮れに来てくれたけど、あれは別れに来たのか? 3ヶ月前の4月に電話をくれたな。手紙もくれた。会いたいよ、地井に会いたいよ!」」と悲痛な心のうちを述べたのが、田中邦衛さんが公の場に登場した最後となっています。

田中邦衛の現在は?

2012年の地井武男さんのお別れの会で、公の場に登場して以降、田中邦衛さんはどうしているのでしょうか。

施設に入居しているとの噂

2019年9月の情報として、近隣住民からは施設に入居したと憶測が出ています。以前は姿を見かけたが、最近は見かけていないと言う証言もあります。

 

また、田中邦衛さんの妻は週刊誌への取材を断っているようで、田中邦衛さんがいまどうされているかは不明な状態です。

2015年に『施設でリハビリ生活』と報道

2015年に、週刊誌で田中邦衛さんが介護付有料老人ホームに入居し、リハビリ生活を送っていると報道されました。

 

記事によると、高熱を出した事をきっかけに歩行が困難となり、車椅子生活になり、自宅に帰る為にリハビリを行っているとのことでした。

2017年には自宅に戻っていた模様

2017年10月になると、自宅に戻り元気にはなってきているものの、車いす生活が続いていたようです。妻は田中邦衛さんが俳優として復帰するか分からないと取材に答えています。

田中邦衛の経歴は?

それでは続いては田中邦衛さんの経歴について見ていこうと思います。

"先生"をしていたことがある

田中邦衛さんは、美濃焼の窯元の家に生まれました。

 

成績は悪い方で、地元の中学に入学した頃には立派な不良少年で「ちょっと手を付けられないくらいの」ワルだったのだそうです。

 

それで、父の命令で千葉県の全寮制・麗澤高等学校に転校させられたのだそうです。高校を卒業後、麗澤短期大学の英語科に進学し、卒業後は地元・土岐に戻り、家業を手伝っていました。

 

麗澤短期大学をした後に、中学校の代用教員をしていたことがあります。

3度目の受験の末に俳優養成所へ

1955年に、田中邦衛さんは3度の受験の末に俳優養成所の試験に合格したことをしました。3度目の試験の試験官だった女優の東山千栄子からは「あら、あなたまたいらしたの」と言われたのだそうです。

 

試験の3年後に47人中3人という難関の中で俳優座の座員に昇格しました。

高倉健の舎弟役

田中邦衛さんは、1957年(昭和32年)、映画『純愛物語』で映画デビューを果たします。その後は、加山雄三さんの『若大将シリーズ』で敵役・悪役ですが、どこか憎めないキャラクターを好演し、レギュラーポジションを確立しました。

 

また、ヤクザ映画では、「網走番外地シリーズ」で高倉健さんの舎弟役を演じ、東映のバイプレーヤーとして活躍の幅を広げていきました。

田中邦衛が漫画のモデルに?

田中邦衛さんがモデルとなったキャラクターが、人気漫画で登場しています。紹介していきましょう。

ワンピースの黄猿のモデル

漫画・ワンピースの主人公であるルフィーを追う『海軍大将』の1人の、ボルサリーノ(通称・黄猿)のモデルになっています。

 

ちなみに、ボルサリーノという名前は、田中邦衛さんが出演していた映画シリーズ『トラック野郎』の第2作目に主人公のライバル役で登場した『ボルサリーノ2』が由来となっているのだそうです。

 

モデルというか、見た目がそのまま田中邦衛さんですね。

『北の国から』が『銀魂』のパロディに

田中邦衛さんが出演していた代表作ともいえる『北の国から』のシーンが、アニメ『銀魂』でパロディになって登場していたことがありました。

 

主人公の銀時が、田中邦衛さんの口真似をしていました。

田中邦衛に子供はいる?

続いては田中邦衛さんの家族について見ていこうと思います。

田中邦衛の妻は一般人

田中邦衛さんの妻は一般人で、康子さんというお名前です。出会いは康子さんの姉が田中邦衛さんと俳優座の同期であり、田中邦衛さんが彼女の家でご飯をごちそうになったことだったそうです。

 

第一印象は「よそよそしい女の子だな」と思ったのだそうです。

長女・淳子はアナウンサー

田中邦衛さんには淳子(じゅんこ)さんという長女がいて、NHKの報道アナウンサーをしています。

 

高校時代にはアメリカのワシントン州に交換留学生として1年間留学し、上智大学外国語学部英語学科を卒業していて、大学在学中にはジョージタウン大学国際関係学部に交換留学生として留学していました。

 

上智大学外国語学部英語学科卒業後の1988年、NHKに記者として入局し、2006年にはNHK初の女性海外支局長としてシドニー支局の支局長に就任しました。

 

その後アメリカ合衆国ワシントン支局へ異動し、2013年4月から、国際報道2016にキャスターとして出演し広く知られるようになりました。

 

田中邦衛さんよりも母親に似ている印象ですかね。ちなみに、一般人の千恵子さんという名前の次女もいらっしゃいます。

 

田中邦衛はまだ引退していない?

作品出演がしばらく途切れてる田中邦衛さんですが、芸能界は引退されたのでしょうか。

田中邦衛に死亡説

田中邦衛さんが、2015年に『北の国から』のプロデューサーが亡くなった際に、葬儀に参列しなかったことから、死亡説が流れました。

 

しかし、2019年現在も健在です。

田中邦衛に認知症の噂

田中邦衛さんは、本人が『長セリフを覚えられない』と言っていたことなどから、認知症であるという噂が囁かれていました。

 

しかし、田中邦衛さんの年齢を考えると衰えには逆らえず、一概に認知症だから長セリフを覚えられないとも言い切れないと考えられます。

現在は引退扱いになっている。

田中邦衛さんは、寝たきりになったことで歩行困難になったことや、体力的な問題により、仕事のオファーを断っているとされています。

 

引退の宣言はされていませんが、事実上の引退と言えるかと思います。

『北の国から』の完結編

『北の国から』は、2002年の『遺言』を最後に続編は作られないままでいます。脚本家の倉本聰さんは、北の国から』の最終的な完結編の構想があることを明かしているものの、田中邦衛さんの出演が不可欠であるため実現は難しいですよね。

 

『北の国から』は、五郎を演じる田中邦衛さんが主演で、五郎の話なので、実質、2002年の『遺言』が完結編となるでしょう。

田中邦衛の代表作

続いては、田中邦衛さんの代表作をいくつかご紹介していきます。

北の国から

『北の国から』は、原作・脚本は倉本聰さん、主演・田中邦衛さんで、最初は、連続ドラマとして1981年10月9日から1982年3月26日まで放送されました。

 

その後、ドラマスペシャルとしてシリーズ化され、8編のドラマスペシャルが1983年から2002年まで放送された、高視聴率の大人気ドラマシリーズです。

 

ストーリーは、北海道富良野市を舞台に、妻に不倫され、東京から自分の故郷に戻ってきた田中邦衛さん演じる主人公・黒板五郎五郎と息子の純・娘の蛍。

 

過疎村・麓郷(ろくごう)で、朽ちかけた五郎の生家を修復し、そこで生活をはじめる3人。家の裏手には原生林が広がり、電気もガスも水すらもありません。原始的な生活環境に、拒絶反応を示す都会っ子の子どもたち・・・

 

北海道の雄大な自然の中で、頼りない父親の黒板五郎と2人の子どもの成長を21年間にわたって描いたものです。

仁義なき戦い

飯干晃一の原作による日本のノンフィクション。第二次世界大戦後の広島県で発生した「広島抗争」の当事者の一人である美能幸三の手記に飯干が解説を加えた内容となっています。

 

1973年1月に映画化されて大ヒット作となり、全5作のシリーズが製作されました。

 

主人公は、菅原文太さんです。山守組若衆(幹部)で、復員して鬱屈した日々を過ごしていた時にひょんなことから山守組のために殺人を犯し服役する。すぐに出所して組員となるが土居組との抗争やその結果の長期間の服役を経験し、出所後は内部抗争に巻きこまれていくという内容です。

 

田中邦衛さんは、山守組の山守組若衆(幹部)役で出演しています。

大正漢方胃腸薬CM

ヤクザものや、北の国からの不器用な父親役の印象が強かった田中邦衛さんですが、1988年(昭和63年)から1995年(平成7年)まで出演した大正製薬「大正漢方胃腸薬」の年末のテレビCMでは歌って踊る姿を披露しました。

 

イメージとは違う、田中邦衛さんのエンターテイナーぶりに、好評を博しました。

田中邦衛は現在、引退状態

田中邦衛さんについてご紹介してきましたが、現在は、体調不良等を理由として仕事のオファーは断っており、実質は引退状態でした。

 

車椅子生活であるとか、認知症であるとか、噂は絶えませんが、実際はご本人や家族から何も語られていません。

 

仕事への復帰は難しくとも、元気なお顔を公の場で拝見したいですね。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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