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    愛憎の意味とは?愛情との違いは?使い方や例文をご紹介!

    「愛憎」という言葉をご存知でしょうか?小説やドラマなどでよく耳にする「愛憎」にはどの様な意味があるのでしょうか。また、どの様な人が「愛憎」を抱くのでしょうか?愛憎を抱く人の心理や心情、愛憎の言葉の意味や使い方をご紹介します。

    物語のキーとなりがちな「愛憎」という言葉

    一昔前の昼ドラなどで特によく見られた「愛憎」をテーマにしたドロドロ劇。「愛」は良い響きの言葉ですが「憎」は悪い意味合いが強い言葉であり、良い印象を持っていない方も非常に多いと思われます。

    しかし「愛憎」について、なんとなくニュアンスは理解していても、その深い意味を知らない人も多いのでは? この記事ではそんな「愛憎」について例文や具体例を示しながら、「愛憎」という言葉や込められた意味を紹介していきます。

    「愛憎」の意味は?

    愛憎というのは漢字が示している通り「愛情」と「憎しみ」が混じり合った言葉を指します。相手に愛情を持っている半面、様々な事情から憎しみの感情が入り混じり、その気持ちを抑えられない人はトラブルメーカーとなりがちです。

    読み方は「あいぞう」

    「愛憎」の読み方は「あいぞう」と言います。そのままですね。愛しながら憎むをそのまま縮めたような言葉と思って良いでしょう。

    愛することと憎むこと

    「愛」と「憎しみ」どちらも複雑な感情でありますが、言葉の響き的には相反しているように思えます。しかしどちらも、相手に対して強い感情を持っていませんと、発生し得ない感情でもあります。

    「好きの反対は無関心」という言葉を聞いたことはありませんでしょうか? しかし憎しみは、無関心だと生まれるものではないのです。故に相反しているように思えて、表裏一体で似た感情なのかもしれません。相手を尊いと思う感情を持ちながらも、怒りや恨みも含んでしまうのです。

    また愛憎という言葉は何かと恋愛方面をイメージしがちな言葉でもありますが、実際には友情や親族に対して向けた感情にも使われます。キーポイントは良くも悪くも「相手を思うこと」ですね。

    「愛憎」を使った例文をご紹介

    さて、言葉の意味をつらつらと並べただけではピンとこない方がいるかも知れません。この項ではいくつかの例文を説明混じりで紹介していきます。言葉が言葉だけに多少背筋がヒヤッとする例文が多いですが、ご了承くださいませ。

    愛憎の念が入り交じる

    好きであるからこそ、好きだったからこそ憎いという複雑な感情を覚えていることを指します。例えば付き合っていた相手が浮気をしていて、それが発覚した上で、浮気相手に乗り換えられたとしましょう。

    この時、捨てられたほうが覚える感情は何でしょうか? スッパリと諦められますか? 「最低の相手だった、忘れて次を探そう」と割り切れますか? 大体の人が無理でしょうし、浮気相手のみならず捨てた相手にも憎しみを覚えると思います。そしてそれはその愛が深いほどに、憎悪も強くなるでしょう。

    好きだったからこそ、裏切りに対して憎しみが倍増するのです。

    でもまだ心の底に「自分に振り向いてくれる、戻ってくれる」という感情が残っていれば、すなわち、「まだ自分に相手に対する愛情」が残っています。これが「愛」と「憎しみ」が入り交じるということですね。

    愛憎が渦巻く

    片思いなどでよく使われる言葉ですね。例えば一人の人を取り合うような三角関係に陥っていますと、自分ではない相手と想い人が仲良さそうにしていたら、不安を覚え、時に攻撃的になったり、逆に自虐的になったりすることはありませんでしょうか。これが行き過ぎると「恋敵を貶めてでも、自分のものにする」と言った行動に移り変わります。

     

    ドロドロ恋愛のドラマなどでも良く見かけるような題材ですよね。「貴方を殺して私も死ぬ」や「不倫相手と共に自殺」するなど、こう言った上手くいかない恋の愛憎劇は、創作においての定番ともなっています。振り向いてくれない相手やその恋敵に、嫌がらせを続けるストーカーも、こういった渦巻いた感情を持っているのかもしれません。

    「愛憎」を抱く人の特徴とは?

    ここまで愛憎の意味や例文を紹介してきました。やはり基本的には愛するが故に、感情が反転してしまって悲劇を産む印象が強いですよね。人間ってそんなに物分りが良い生き物ではないです。

    それでは、どんな人間が愛憎感情を覚えやすいのでしょうか?

    相手に対する執着心が強い

    まずは相手が「好きで好きでたまらない」、つまり執着心が強い方でしょうか?常にベッタリしていないと気がすまなかったり、ラインで既読がついていないとイライラするような人物はそうなりやすいようです。「自分が相手にされていない」と思い込んで、とにかく好きな相手に構って欲しい感情を隠さないタイプですね。

    例えば携帯を見ているだけで「自分の知らない人と連絡をしているのでは?」と思い込み、最終的には携帯をチェックするようになったり取り上げられたり。執着心が強いあまりに結局、最終的に「過度な束縛」に繋がります。共依存ならいいのですが、大体において相手は引いて、距離を取ってしまうことでしょう。

    「貴方のためを思ってやっている!」「好きだから一緒にいたいしすべてを知りたい!」という言葉は、愛憎が強いあまりに相手を信用できていない証拠にもなります。

    愛情を向ける相手を特別視しすぎている

    「愛情」を持つことは特別な存在ではありますが、それが独りよがりにはなっていませんでしょうか? 判りやすく言えば「相手は自分と同じ価値観と考えを持っている」と勘違いしてしまうこと。

    「自分と同じに常に一緒にべったりしたいに違いない」「自分が思うがままにやることは相手も望んでいること」と束縛や催促を繰り返し、結果的に相手の心は離れていきます。片思いならなおさらですし、両思いで成立後でもこんな事を繰り返せば、きっと相手は疲弊して離れてしまうことでしょう。

    「お互いに特別」な存在であったとしても、適度な距離感は必要なのです。愛情を向ける相手は、自分の思い通りに動いて喋る人形ではありません。

    愛情を向ける相手が自分を蔑んでいる様に思う

    結局の所、それは「依存」に近いカタチとなります。相手の一つ一つの行動が気になるようになり、意にそぐわないと「嫌われている」「無視されている」と思うようになります。こうして一方的な愛情はそのうちに憎しみが入り混じり「愛憎」へと昇華するのです。被害妄想を拗らせて、周囲の人間が邪魔をしていると思うパターンも有るようですね。

    ここまで来ると意中の相手や邪魔をしていると思いこんでいる周囲の人間に対し攻撃的な手段に出ることもあり、どんどんと危険思考に寄っていく傾向が見られます。

    愛憎を抱かない様にするにはどうすればいい?

    ここまで読んでいる方の中には「自身が愛憎を抱きやすい」事を自覚していて、今も葛藤している人もいるかも知れません。何も「愛憎」の感情は自覚症状がないわけではないのです。苦しい葛藤に苛まれているケースも、珍しくはないでしょう。「分かっているけど好きだから気になる」「誰にも盗られたくない」「独り占めしたい」それは当然の感情であり、人間らしい感情です。自制は必要ですが、恥ずべきことではありません。

    この項ではそんな「愛憎」感情との付き合い方や、解消や緩和について見ていきましょう。

    それが本当の愛情なのか考える

    哲学的な話ではありますが、思いを向ける相手に対し本当にその全てが愛情なのかを考えてみることも大事です。先程に「束縛」することは相手を信用していない事の裏返しとも言いましたが、ならばどうして「信用できなくなっているか」を考えてみるとか、愛の感情だけで突っ走らずに、時には振り返って考えてみるといいでしょう。

    片思いなのであれば「自分が同じことをされて嬉しいのか」を考えてみることも大事ですね。周囲に嫉妬し攻撃的になってしまう行動や、四六時中意中のことの人しか考えず、一喜一憂を続けているような人間に、果たして意中の人が振り向くことはあるのでしょうか? 一途といえど限度もありますよね。

    難しい話ですが、その行動のすべてが「愛情」から産まれているのか、一度考えてみましょう。その感情は本当に「愛」なのかを。

    執着心・依存心に立ち向かう

    ここまでの言葉のとおりに、愛憎の裏には過度な執着心や嫉妬、相手に対する依存心が強く出すぎていることが多いです。生まれ持ったものやそれまでの人生経験から構築された人格だとは思いますが、それと向き合わないことには解決は遠くなる一方です。

    「理解はしているけどそれでも抑えられないんだよ」という嘆きもよく聞きますが、自身を理解しているからこそ、向き合うことは大事ですね。自分自身だけで無理なら、例えば第三者に相談することも大事です。

    友好関係を広げる

    恋をしてしまうと周りが見えなくなることも多々ありますが、やはり人同士の横のつながりというものは大事ですね。「何もないからこそ」相手に依存しがちになるのです。例えば友だちと一緒に気分転換をしていれば、少なくともその瞬間は愛憎感情が浮かぶことはありません。

    また、交友関係を広げていけば「色々な人」を見る機会が増え、「こういう考え方もある」と自身の感情を整理する事もできるでしょう。また、余りに愛情を持つ相手に一極化した生活は、自身の期待を裏切られた時にショックが大きく、すべてを失った感覚を覚えてしまうことが多く危険です。結果、「愛情」が「愛憎」になってしまう事は想像にたやすいですね。

    「愛憎」を抱かれる人の特徴は?

    ここまで愛憎感情を持ちやすい方の視点で説明して参りましたが、逆に愛蔵感情をもたれやすい人とはどう言った人なのでしょうか? サスペンスドラマ風に言えば、愛ゆえに殺されてしまうような立場の被害者、ですね。

    愛憎を向けられていることに気づいていなければいいのですが、それに気づいた日には、途端に苦しくなり、思い悩む日々が増えてしまうことでしょう。出来れば割けたいものでもありますよね。

    果たして「愛憎を向けられやすい人」の特徴とは一体どのようなものなのでしょうか?

    親の様に身の回りの世話をする

    言い換えれば距離感が近い人。お節介焼きとも言います。それを煩わしく思う人も多いのですが、自分自身に自信がない人や心に何かしら空虚を感じているタイプに対しては、これは効果覿面であり、また前例のタイプは依存心が強くなりがちなのでいつしかのめり込みます。恋心かそれに近い感情を抱いてしまうこともあるでしょう。

    しかしそんなつもりがなくても、貴方がその相手に対しお節介を焼かなくなった時、愛情や親近感は愛憎へと形を変えます。「最近あの人、私の冷たいけど嫌われたのかな?」から始まる、崩壊の序曲です。

    相手に合わせ過ぎる

    お節介と似て非なるもの。相手の感情に合わせるということは「同意や肯定」されているとも取られがちです。その結果、期待を持たれ、あまりに酷いと「いつも優しいから自分には特別な感情を持っている」と勘違いされがちです。そして期待が何らかの事情で覆された時に、信頼は愛憎へと姿を変えます。

    相手に合わせるというのは人間社会で必要なスキルであり、大なり小なり皆様、演じている部分はあるでしょう。しかし、時に本当にダメなことは伝えることも大事です。

    相手の言葉をなんでも受け入れ過ぎる

    相手に合わせすぎる人の終着点がここになります。余りに相手の感情を伺いすぎるがために、自身の感情を抑え、全てを受け入れてしまうこと。「告白されたし、振るのも可哀想だから付き合った」などはその極地ですね。そのまま本当に好きになってくれればいいのですが、駄目だった場合はどうなるのでしょうか・・・?

    また、このタイプと愛憎を向けやすいタイプの組み合わせは共依存になりやすいとも言われています。相手の顔色をとにかく伺うタイプと、自身の思いを押し付け依存するタイプの組み合わせはかなり危険ですね。

    愛憎を抱かれない様にするにはどうすればいい?

    愛憎を抱かれやすい人の特徴を上げてみました。総じて感じることは、「相手の顔色を窺うばかりに思ってもいないのに演技をしてしまう」事でしょうか? 誰隔てなく優しい人も存在しますが、それは「天然で包容力が高い優しい人」であって相手の顔色を伺っているわけではないのです。

    しかし演じているといつかボロが出ます。場合によっては時すでに遅しとなる場合もありますので、愛憎を向けられる前に「無理しすぎている」自分を振り返っていきましょう。

    自分なりの考えをもつ

    相手の顔色を窺い優しくするという行動は結局、優しくすることで相手から悪く思われることはない「見返り」を求めていることになります。これは自分自身の自身の無さが起因であることが多く、相手の「見返り」に依存して自分自身を奮い立たせている事の現れとも言われます。

    喧嘩するより褒められたいし、相手に強く言って仲が悪くなるよりは、少しでも優しくして関係を維持したいですよね? そのために言いたいことを言いたくても我慢して、結局の所は自分自身の意思や考えを放棄していることになります。

    「ダメなものはダメ」「行き過ぎているものは思い直す」ことを覚え、自身の感情をコントロールしていきましょう。

    自立する

    結局の所「愛憎を向けられやすい」人は「愛憎」の感情を覚えやすい方と同じような傾向があります。それが束縛に出ているか八方美人に出ているかの違いだけだと思われます。行き着く先は「自身の無さ」と「相手を信用しきれない」ことでしょうか?

    違うようで、同じなのです。どちらも相手の立場になって自分を置き換えることができず、常に見返りを求めているのですから。常に相手に望んだ結果を求めている現実は「心の自立」ができていないとも言えますよね。それは依存心の現れです。過剰な他人に委ねる依存心は、少しずつでいいので無くしていきましょう。

    愛憎はこんなにも身近にある

    恋愛話を中心になぞらえて来ましたが、最初に申し上げたとおりに愛憎感情は何も恋愛だけではありません。最後に身近な例を一つ上げましょう。

    恋愛スクープで生まれる愛憎感情

    例えば芸能ゴシップなどで、売れっ子のイケメンやアイドルがスキャンダルを起こすことはあると思います。それは恋愛スクープだったり、遊び呆けている姿が激写されたりと様々ですが、それで人気が急落する芸能人も少なくはありません。

    アイドルの追っかけの人は「熱愛疑惑の相手に嫌がらせ」したり「ファンだった人がアンチに転じる」事もあると思います。これもまた愛憎の一種で「好きだったからこそ理想を壊されると憎しみが強くなってしまう」のです。

    アンチとファンは表裏一体

    アイドルのアンチの半分は「元ファン」だという話もよく聞きますよね。現役のファンよりその人をよく知っていることも多く「叩くために」芸能人を追いかけていることも多々。それは執着以外何者でもなく、もしかしたらファンよりも「愛」が強くそして裏切られたことに対する「憎しみも深い」のかもしれません。

    結局の所は勝手な理想を壊されたと思い込んだゆえに愛の暴走であり逆恨みなのですが、身近な例として一つ上げさせて貰いました。想いすぎる感情って時々怖いですね。

    愛憎の感情と付き合う生き方

    今回は愛憎について詳しく説明しました。愛憎というものは感情そのものであり、理詰めで説明するのは難しいことでもあります。「分かっていても抱いてしまう」事が多いでしょう。感情の全てが理詰めで割り切れるのであれば、そもそも愛憎なんて言葉は産まれていないのですから。

    今現在も葛藤に悩む方もいらっしゃると思いますし、現在進行系で被害を受けている方・危害を加えている方ももしかしたらこの記事を読んでいるのかもしれません。そういったある意味で「人間らしい感情」をお持ちの方に、綺麗事で固めたこの記事がなにかの参考になれば幸いです。そして「こういう人って面倒くさいな」で切り捨てられる方はきっと大丈夫でしょう。

    最後に愛憎をテーマにした作品についてご紹介します。自分自身と重ねてみて、間違った道を歩んでいないか確認していきましょう。

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