映画「IT」のモデルとなった殺人鬼ジョン・ウェイン・ゲイシーとは?

映画「IT/イット」のモデルとなったとされる殺人ピエロのジョンウェインゲイシー。彼は33人に及ぶ殺害を実行するなど、卑劣な人物として有名です。殺人ピエロジョン・ウェイン・ゲイシーの誕生から死刑執行されるまでの人生をご紹介します。

実話をもとに作成された映画「IT」のモデルの人物像って?

殺人鬼ピエロ『ジョン・ウェイン・ゲイシー』についてご紹介します。小説家スティーブン・キング氏が1986年に書いた「IT」(イット)という小説が、映画の原作となっていてこれに出てくる殺人鬼ピエロは実在した人物で「ジョン・ウェイン・ゲイシー」がモデルとなっています。

1990年にアメリカでテレビ放送された後に、映画化され2017年に公開されました。邦題が「IT/イット”それ”が見えたら終わり。」というタイトルで上映されました。この映画に登場してくる殺人鬼ピエロが”ペニーワイズ”と言われるピエロに扮した悪魔なのですが、”怖いピエロ"の元祖はこれだったようです。

さて、「ジョン・ウェイン・ゲイシー」ですが成人してからは靴のセールスマンとして成績優秀で仕事ができた人物でしたが、裏の顔は男色の欲にまみれた一面を持っていました。あることがきっかけで殺人鬼ピエロになったジョン・ウェイン・ゲイシーの生涯をご紹介します。

連続殺人鬼ジョンウェインゲイシーのプロフィール

まずはジョン・ウェイン・ゲイシーのプロフィールをご紹介します。すでに死没しています。最期は服役していたイリノイ州のジョリエット刑務所で薬物注射による死刑が執行されました。

ジョンウェインのプロフィール

  • 本名(ふりがな/愛称):Jhon Wayne Gacy(ジョン・ウェイン・ゲイシー/ジョン・ゲイシー)    
  • 生年月日:1942年3月17日
  • 出身地:アメリカ合衆国 イリノイ州 シカゴ
  • 年齢:死没52歳(1994年5月)
  • 血液型:不明
  • 身長:不明
  • 活動内容:実業家
  • 家族構成:父 母 姉 妹 

幼少期父親に虐待されていたジョンウェインゲイシー

ジョンウェインゲイシーは、幼少期時代から父親に様々な虐待を受けながらも父親を憎むことなく、逆に認められたい思いで成長していったと言われています。

心臓疾患を理由に虐待されたジョンウェインゲイシー

父親は極貧の家庭で育ち熟練の機械工として生き「人には負けない」「弱いところを見せない」など自分なりの人生哲学を持っていました。そんな父親は当時の西部劇で人気だった「ジョンウェイン」から名前を拝借し強い男の子に育ってほしいと願っていました。

そして、父親の期待を一身に受けジョン・ウェイン・ゲイシーは生まれましたが、骨盤低位出産(逆子の状態)で生まれました。危うく死にかけて生まれたうえ、心臓疾患のある虚弱体質だったこともあり、強い男子を期待していた父親の失望感は大きかったようです。

そんな父親も生まれつき脳内に手術不可能と言われている腫瘍を患っていました。そのうえ発作的に癲癇(てんかん)も起こしていたことから、情緒不安定でしばしば家族にあたっていたそうです。そして、息子ジョンに対しての期待から失望に変わった父親は、やがてジョンへの虐待が始まりす。

父親からの罵倒によりパニック障害も患ったジョンウェインゲイシー

父親はしつけや礼儀作法が厳しく、動作が遅いとか座り方が悪いなど、いいががりをつけては叱責し時には鞭で叩く虐待もありました。また、ちょっとした失敗などにも「グズ」「間抜け」「お前はホモになる」など罵倒され続けました。

その影響のせいか、心因性のてんかん発作を発症しさらにパニック障害にも罹ってしまいました。さすがに母親もこれには黙っておらず、間を取り持とうとしましたが、逆に半殺しの暴行を受けてしまいました。母親は味方でしたが無力だったようです。

父親に愛犬を射殺されたジョンウェインゲイシー

その後、ゲイシーは度重なる虐待を受ける不安でストレスをためたせいか失神を起こします。病院で診てもらったが失神の直接的な原因はわからず、”再発性の失神症”と診断されました。医師からアドバイスを受けた母親は子供を大事に扱うよう父親に懇願しました。

しかし、父親は「あのガキはああやって親の気を惹きこうとしやがる」などと、吐き捨て鼻で笑ったそうです。ある日、そんな息子のふがいなさからゲイシーが可愛がっていた愛犬「バル」を目の前で射殺しました。

これだけの虐待を受けたにも関わらず、ジョンは父親への愛情は不思議と失われなかったそうです。逆に父親から認められたい思いの方が強かったようです。しかし虐待からの影響からか14歳から18歳の間、ゲイシーは1年以上入院して高校は4回ほど転校したことで高校落第となってしまいました。

社会で成功も収めたジョンウェインゲイシー

その後、高校へは行かず職業訓練学校に編入し優秀な成績を上げました。それが認められ、その学校の補導員の助手として事務室で働くようになりました。さらに父親に気に入られようと、父親お気に入りの民主党候補議員の応援をするようになりました。

ゲイシーは専門学校に進学しビジネスを学びました。卒業後は大手靴会社に就職し、営業で優秀な成績を収めました。その傍ら青年会議所にも参加し貯蓄販売権の販売でも優秀な成績を収め、州で3番目の販売実績を残しました。

その後、結婚し実業家だった義父にも気に入られ、ケンタッキーフライドチキンの経営を3店舗を任され朝から晩まで働きました。また、ゲイシーは青年会議所でいくつかのプロジェクトをこなし、さらにはボランティア活動にも精力的に活動し、たちまち会頭候補にまで上り詰めました。

殺人ピエロ ジョンウェインゲイシーの誕生

ジョンウェインゲイシーの活躍はようやく父親にも認められつつありました。しかし、ゲイシーはいつからか同性愛にも目覚めていました。これが殺人ピエロのきっかけと言われています。

ジョンウェインゲイシーは同性愛者

会頭候補として活躍し続けていたゲイシーでしたが、裏では青年会議所の会員仲間の息子アンドリューズと肉体関係を持っていました。しかし、アンドリューズに性的虐待だと訴えられ禁固10年の刑に処せられました。アンドリューズの裏切り行為は、ゲイシーを殺人ピエロへと変貌させていったと言われています。

ゲイシーの父親は息子の社会的成功を収めたことで心を開きつつあったようです。しかし、その知らせを聞き再び失望しましたが、後に、間もなくして亡くなくなりました。また、ゲイシーも父の死を刑務所で知らされ泣き叫んだと言われています。

その後、服役中のゲイシーはまじめさと勤勉さの姿勢は変わらず、高校卒業の資格を取得しました。その他、通信教育で大学の心理学の単位取得や、刑務所の待遇改善のための法案を州議会に提案するなどが認められ、模範因と評価を受け10年服役のところ、わずか16カ月という異例の速さで出所したそうです。

殺人ピエロが誕生

ゲイシーは出所後、再び少年を求めて欲情を満たしていました。ある一人の少年と一夜を過ごしました。翌朝、目を覚ましたら少年がナイフを持ってジョンを見下ろしていました。仰天したゲイシーは無我夢中でナイフを取り上げようと、格闘した拍子で少年を刺殺していました。

後に、ゲイシーは少年が朝食の準備をしていた為、ナイフを手にしたまま起こそうとしたことに気付きました。そして、混乱しながらも死体を自宅の床下に埋めました。これが殺人鬼ピエロジョンウェインゲイシーの始まりでした。

そして、建設ビジネスに参入し成功を収めます。その後、高校時代の知人だった女性と結婚し、その女性の連れ子も受け入れました。また、休日には福祉施設に訪問し「道化師ポゴ」というピエロに扮して楽しませるなど、尊敬の注目を集めました。

妻との離婚をきっかけに殺人の数が増えたゲイシー

その後、民主党の党員にもなったゲイシーは、精力的に活動しシカゴ市長や当時のカーター大統領夫人とも交流があったようです。その表向きの顔とは裏腹に少年を騙し、性行為に及んでは殺害を繰り返していたと言われています。ある日、妻が夫の同性愛者用の嗜好品の存在に気づき、これがきっかけで離婚となりました。

離婚後は、抗うつ剤で気分を高揚させ安定剤で抑える、という飲み方を覚え、同時に殺害もエスカレートし始めました。やがてゲイシーの自宅の床下には、少年の死体で埋め尽くされ石灰をまいたり塩酸などの薬品をかけたこともあったようです。最後の方は、遺体を川に流したとも言われています。

ある日、ゲイシーが15歳の少年に「うちで働かないか?」と誘ったことでそのまま行方不明になりました。警察はゲイシーをマークし始めます。その後は、厳しい警察の追及を受けたがゲイシーは、民主党の有力な支持者だったため「人権侵害だ」と主張し政治力を盾に、民事訴訟などを起こし警察の介入を阻みました。

33人の犠牲者を出したジョンウェインゲイシー

その後も、警察の監視が続きゲイシーの異様な行動は目立っていたが、どれも微罪で、家宅捜査の令状を取れるようなものではなかったようです。やがてゲイシーが、ガソリンスタンドの顔馴染みの従業員にマリファナを渡していることを突き止めたことで、麻薬不法所持の容疑で現行犯逮捕し、家宅捜査の令状を取り捜査が始まりました。

ゲイシー宅内は、強烈な悪臭が漂っており床を剥がすと28体の遺体が埋まっていたが、全て腐敗しきっており、腐敗菌の影響で警察の捜査は困難を極めました。身元が分からない遺体がも9体もあったようです。また、残りの5体は近くの川に棄てたと供述していたそうです。

捜査の結果、犠牲者の多くは男娼だったことがわかりました。ゲイシーの会社で数名ほど10代の少年が雇われていた他、犠牲者の中で一番低い年齢が9歳で、一番高い年齢が20歳の元海兵隊員だったそうです。

死刑判決を受けたジョンウェインゲイシー

ゲイシーは自身が「多重人格者」であると主張していたそうです。あくまで自分ではないと容疑を否定しましたが、裁判で却下されました。そして、ゲイシーは21回の終身刑と12回の死刑を宣告されるも、再審請求を20回ほど繰り返し、これまで築き上げてきた莫大な資産をフルに活用して死刑を免れていました。

この裁判で殺人犯の心理に、興味を持った天才少年ジェイソン・モスは、ゲイシーと文通をし始め電話番号を入手しました。これにゲイシーは「人殺しをしたほんとうの理由を教えてあげる」と言葉巧みに少年を誘い出し、大胆にも刑務所の面会室でモスを殺害しようと犯行に及んだが、間一髪で看守に助けられました。

そして、ゲイシーは死刑が確定しました。執行前の最後に、ケンタッキーフライドチキンやフライドポテトなどを食しました。薬物注射による死刑が行われ、通常7分前後で静かに絶命するところ、何らかの手違いか薬の効果が乱れゲイシーは、20分くらいかかり苦しみながら絶命したと言われています。

画家としての顔を持つジョンウェインゲイシー

ゲイシーは刑務所で絵を描き始め画家としての才能もあったことがわかりました。ピエロをメインに描いた絵は死刑後、オークションにかけられたそうです。

ピエロやディズニーの絵を描くジョンウェインゲイシー

ゲイシーは、日曜絵描きでした。一般の画家として刑務所に服役中描いていたと言われています。ゲイシーの死刑が執行された後、残された絵画は多くのオークションにかけられました。ゲイシーから直接絵画の販売委託を任されていたディーラーは、19枚の絵を売却したそうです。

ピエロの絵画はマニアの間では人気だったようですが、オークションでの最安値は鳥が描かれたアクリル絵画で195ドル、最高値はディズニーの7人の小人が大リーグのシカゴ・カブスと野球を行っている絵画、『Dwarf's Baseball』で9500ドルという高値がついたそうです。

この野球の絵画には、デッド・ウィリアムズ、ウィーリー・メイズ、ミッキー・マントル、ジョー・ディマジオなど殿堂入りした選手の直筆サインが入っていました。ゲイシーが直接、選手たちに会ってサインを入れてもらったもので、もちろん選手たちはゲイシーだと知らずにサインを入れたようです。

ゲイシーの犠牲者の家族が絵画を焼却

そのほかにあった絵画は、イリノイ州のネイバービルでゲイシーの犠牲者となった9つの家族を含めた300人の遺族たちが、資金を募り共同で購入し絵画25点を焼却したそうです。また一時期、彼の絵画を購入し焼却する団体が存在していたと言われていました。

実際には、そのような団体は存在していませんでした。しかし、あるトラックパーツ会社のオーナーは、イリノイ州ネイパービルのオークションで15000ドルから20000ドルの絵画30点ほどを買い上げ、「この世からこの絵を消し去る」とネット上の新聞に宣言したと書かれていたそうです。

それを知ったニューヨークの画廊から、「絵画を燃やさないでくれ」と苦情がきたそうですが、それを聞かず「シカゴで来月に燃やす」とオーナーは発表しました。その後、別の新聞で燃やされた記事が載っていたそうです。

ゲイシーの描く絵画はマニアから大好評!

特にピエロの絵画は、マニアには大変人気だったようですが、被害者の遺族によって大部分が焼却されたと言われています。しかし、現在も残りの作品で展示会が開かれたり、オークションで取引が行われています。著名人では、ハリウッドスターのジョニー・デップ氏がゲイシーのコレクターとして知られています。

また、ラスベガスで行われた”Arts Factory Gallery”のオークションには、ゲイシーのセルフポートレート作品「Goodbye Pogo」を4500ドルで販売したほか、ペインティングやドローイング、音声記録など73点を販売し、売上金は慈善団体に寄付したそうです。

しかし、国立犯罪被害者センターは商業ギャラリーに対し、ゲイシーの名前を使って絵画販売することを停止する命令を出したそうです。いわゆる「殺人者の作品」は販売を取り締まる法律はなく、倫理的にはグレーなのですが、このようなオークションが行われるたびに論争になると言われています。

ゲイシーのtシャツが人気

ゲイシーの絵画は日本では手にできないと思いますが、ゲイシーのtシャツなら手にできるようです。ゲイシーが描いた有名なピエロの絵をそのままtシャツにしたものや、パーカーなどが人気でネット通販でも購入できます。さらに、ゲイシーのピエロを模したグッズなども販売されているようです。

また、最近ではゲイシーをはじめとする殺人鬼が、映画や小説のモデルになった欧米のシリアルキラーの作品が東京や大阪で「シリアルキラー展」として開催していたようです。

ジョンウェインゲイシーがモデルとなった映画「IT/イット」とは?

ゲイシーがモデルとなった殺人鬼ピエロの映画「IT/”それ”が見えたら終わり」が2017年に上映されました。

映画「IT/イット」の概要

平和な田舎町に突如、恐怖が覆い尽くします。ビルの弟ジョージが大雨の日に遊びに出かけて行方不明になってしました。落ち込んでいた兄ビルは突如”それ”を目撃してしまったことにより、得体のしれない恐怖が襲い掛かります。”それ”が見えるのは、ビル以外の7人の子供たちにも見えるようになっていきます。

”それ”と言わるものは、ある特定の子供たちにしか見えない『ペニーワイズ』と言われる、ピエロの出で立ちをした悪魔です。子供の部屋、バスルーム、図書館、町の中など至るところペニーワイズは現れ超常的な能力で、怖がる子供たちに次々と襲い掛かります。

しかし、恐怖に怯えている7人は、勇気を奮い立たせ、ペニーワイズに立ち向かうため戦うことを決意します。また、なぜ特定の子供たちにしか見えないのか、謎の真相に迫ります。最後、ペニーワイズは大きな穴に落とされ闇に葬られます。そして、子供たちはその町から去っていきました。

2019年に続編の公開が決定!

そしてまた、恐怖がやってきます。近々、続編が公開されます。タイトルは「IT2/チャプター・ツー」が上映予定されています。まだ、あらすじや詳細など正式発表されていませんが、現在の情報では27年周期で恐怖がやってくるということで、前作は子供編となり今作は27年後の大人編のようです。

前作、ペニーワイズと戦い深い穴に落し入れた7人の子供たちは、27年後に再開し再びペニーワイズと戦います。前作では特定の子供たちにしか見えませんでしたが、今作は大人になっても”それ”が見えるようで7人の前に現れ、恐怖に陥れられるようです。

日本での公開日はまだ決まっていませんが、アメリカの公開日は2019年9月6日です。

映画「ITイット」続編の出演者をご紹介!

それでは続編の「IT2/チャプター・ツー」に出演する俳優さんを少しだけピックアップして、プロフィールをご紹介していきます。現在も活躍中のハリウッドスターなどが出演します。

ペニーワイズ役【ビル・スカルスガルド】

前回の「IT」に続き、今回の「IT2」にもベニーワイズ役として出演しているスウェーデン出身の俳優ビル・スカルスガルドです。父は名優のステラン・スカルスガルド、兄のアレクサンダーも俳優という俳優一家です。「ダイバージェンド FINAL」(2016年)に出演しハリウッドデビューしました。

ビル役【ジェームズ・マカヴォイ】

主演を務めるビル役はスコットランド・グラスゴー出身の俳優ジェームズ・マカヴォイです。「ウォンテッド」(2008年)でハリウッド映画の主演を務めています。ほか、「X-MEN:アポカリプス」(2016年)ではプロフェッサーX役として大役を務めていた俳優さんです。

ベバリー役【ジェシカ・チャスティン】

唯一の女性役として出演しているのが、カリフォルニア州サクラメント出身のジェシカ・チェスティンです。「ゼロ・ダーク・サーティー」(2012年)に出演し、第70回ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞しています。また、フェミニストとしての活動やカンヌ国際映画祭の審査員として参加もされていました。

リッチー役【ビル・ヘイダー】

お調子者のリッチー役を演じるのはオクラホマ州タルサ出身のビル・ヘイダーです。主にコミカルな映画に出演されている俳優さんです。コメディアンやものまねタレントとして活躍されているほか、映画「ナイトミュージアム2」の声優としても出演されています。

「IT」の原作者スティーブン・キングってどんな人?

ホラー小説界の巨匠スティーブン・キング氏についてご紹介します。小説を読んだことがない方でも、原作となった有名な映画で「スタンド・バイ・ミー」、「ショーシャンクの空に」、「グリーンマイル」がありますが、日本で人気の小説をご紹介します。

ステーブン・キングについて

  • 本名(ふりがな)Stephen Edwin King(スティーブン・エドウィン・キング)
  • ニックネーム リチャード・バックマン
  • 職業 小説家
  • 生年月日 1947年9月21日
  • 現在年齢 72歳
  • 出身地 アメリカ合衆国 メーン州 ポートランド
  • 活動内容 小説執筆
  • 家族構成 妻 長女 長男 次男 

人気小説ベスト3をご紹介します。

スティーブン・キング氏の数ある作品の中から日本で人気のベスト3をご紹介します。やはり映画化されている作品が多いようです。

第3位 シャイニング

こちらの作品は映画化されています。映画と小説の内容が違っていて、それぞれの怖さがあると言われています。小説の方は幽霊などの超常現象に加え「狂う人間」「家族の崩壊」がありホラー感満載の内容となっております。

第2位 スケルトン・クルー骸骨乗組員

この作品は短編小説となっております。短編小説ながら読みごたえがあり作中に出てくる”霧”の怖さに気づかされる内容となっております。この作品も「ミスト」で映画化されました。

第1位 バトルランナー

こちらの作品はホラーとは一線を画す作品で、「視聴者全員から1ヵ月逃げ切れば10憶ドルの賞金がもらえるが、捕まればテレビの前で殺される」というデスレースに挑む1人の男が登場します。スリリング満点の内容となっています。こちらも映画化された作品です。

天才と狂気は紙一重

ジョン・ウェイン・ゲイシーはピエロ「ポゴ」として子供たちを楽しませ、仕事ではトップセールスマンで店舗オーナー業もこなして活躍する一方、男色の欲を満たした末に殺害する殺人鬼でした。さらに絵画の才能もあり頭脳明晰なゲイシーはまさに「天才と狂気は紙一重」と言える人物だったのではないでしょうか。

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