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江戸しぐさは嘘デタラメ?正体や意味は?どんな仕草があるの?

日本人が残しておきたいマナーとして知られている「江戸しぐさ」を皆さんご存知でしょうか?実はこの「江戸しぐさ」は嘘デタラメで本当は実在していなかったのではないかと言われているのです。今回は、そんな「江戸しぐさ」の正体や実態について徹底解説していきたいと思います!

江戸しぐさって何?

江戸しぐさとは誰もが気持ちよく日々を過ごすための江戸の人の知恵であると言われています。現代でもマナーのお手本として注目されていた江戸しぐさですが、実は嘘で作り上げられた話だと噂されています。真相はどちらなのでしょうか?

江戸しぐさの正体について徹底解説していきます。

江戸しぐさとは?

江戸時代の商人から「江戸しぐさ」は生まれたと言われています。江戸しぐさとは一体どのようなものなのでしょうか?江戸時代の時代背景とともに江戸しぐさの由来について見ていきましょう。

江戸時代っていつ?

江戸時代とは徳川将軍家が日本を265年間統治していた平和な時代です。江戸時代は150年ほど前ですが、繁栄しながら様々な文化や風習ができた時代でもあります。

当時の江戸の人口密度は世界一と言われるほどでした。人口が密集していたにも関わらず平和に暮らすことができる秘訣が江戸時代にはあったのです。

江戸しぐさとは思いやりの塊

江戸では人々が気持ちよく日常生活を送るためのルールがあり「江戸しぐさ」と言われています。口伝で受け継がれていたため資料には残されていません。江戸しぐさとは皆が平和に生活し争いごとを少なくするために言葉使いなどちょっとした気遣いのことであり江戸しぐさは“思いやりの塊”と言えるでしょう。

元々は江戸商人が行っていた商売繁盛のためのルールであり、次第に町民に広がり浸透していきました。芝三光師が「江戸しぐさ」を提唱したと言われています。

江戸しぐさの種類は?

江戸しぐさは以前よりも数が増え現在では8000種類もあるようですが、今回は代表的な江戸しぐさについて紹介していきます。

すぐにでも実践できるような江戸しぐさばかりなので、参考にしてみてはいかがでしょうか。

傘かしげ

雨の日にお互いがすれ違う際に傘を外側に傾け相手が濡れないようにすることで、江戸しぐさの中でも特に有名なマナーです。自分よりも相手を優先させ言葉に出さなくてもお互いが思いやりを感じることができる所作です。

肩引き

狭い道で人とすれ違う時にお互いの肩がぶつからないように外側に肩を引いて斜めにすれ違う仕草のことを言います。江戸しぐさならではの譲り合いの精神を感じさせる仕草です。

肩がぶつかることがトラブルの原因になる可能性もあるので、肩引きのように相手に配慮して行動するとトラブルを回避することにも繋がるのです。

七三の道

道を歩くときには道の通りの七割は他の人が通りやすいように空けておき、道幅の三割を自分が歩く仕草を言います。急病人や急ぎの用事がある人への配慮も含まれており、江戸時代の人達は歩く時も相手への思いやりを忘れずに行動していたことが感じられる仕草です。

こぶし腰浮かせ

江戸時代は渡し船など船を利用する機会が多くありました。船などを利用した際に後から人が来た場合に、こぶしひとつ分腰を浮かせ席を詰める譲り合いの仕草をこぶし腰浮かせと言います。

現代でも電車など交通機関のマナーとしてこぶし腰浮かせが注目されました。江戸時代の人達のすぐに察知して相手を思いやる行動は見習いたいものです。

うかつあやまり

例えると自分の足を人に踏まれた際に、踏まれた側でこちらに非が無かったとしても「すみません。こちらこそうかつでした」と先に謝る仕草のことを言います。自分が先に謝ることでその場の空気が和やかになり無駄な争いを避けることができるからです。

無駄なプライドは捨てたほうが良いと考える江戸しぐさならではのコミニケーションの取り方は現代のビジネスシーンでも活用できそうです。

逆らいしぐさ

「しかし」「でも」「だって」など反論するような単語を使用しないことを逆らいしぐさと言います。相手を尊重し話に耳を傾けることで、自身の成長に繋げようとする謙虚な姿勢は江戸しぐさならではの考え方と言えるでしょう。

喫煙しぐさ

喫煙が許される場所であったとしても、非喫煙者がいる場所では喫煙を控えることを言います。現在よりも喫煙者が多かった時代にも関わらず、喫煙できる場で相手を思い自分の欲求を我慢する配慮は江戸しぐさならではの「粋」を感じさせます。

念入れしぐさ

戸締りをしたか、火の始末は大丈夫か念には念を入れ確認することを言います。用心深いに越したことはなく、仕事にも活かせる仕草です。江戸しぐさは人を気遣う内容のものが多いですが、念入れ仕草は自分の成長にも繋げることができるため毎日行い習慣化したい仕草です。

横切りしぐさ

人の前を通るときに、右手を刀のように上下に振り横切ることを言います。江戸時代には人の前を横切ることは無礼とされていましたが、出産にかけつけるお産婆さんだけは大名行列の前を横切ることを許されていたそうです。

どうしても横切らなくてはいけない場合に横切りしぐさをすることで「貴方の前を通って申し訳ない」「私は刀など武器を持っていませんよ」と伝えることができます。

もったい大事

「もったいないから大事にしよう」の精神を持ち、江戸ならではの物を大切に使いリサイクルしながら最後まで無駄にせず使うことを言います。江戸しぐさには人だけではなく物へも感謝する精神があります。

知恵を絞り最後まで物を使い切る無駄のない生活スタイルを、現代の物が溢れている時代にこそ心がけたいものです。

お心肥やし

心の中を豊かにして人格や教養を磨くことを心がけなさいという言葉をお心肥やし(おしんこやし)と言います。美味しい物ばかり食べて身体を肥やすのではなく、心を肥やすと言う江戸しぐさの真髄のような言葉です。

お心肥やしは本を読んで勉強するだけではなく、見聞きし体験することも大切だと考えられています。

時泥棒

予告無しに相手を訪ねたり、遅刻したりするなど相手の時間を奪うのは重罪であるという意味になります。

江戸の時代には「時泥棒は10両の罪」と言われ当時10両盗むと死罪になるほどの重罪であったため、同じ位重い罪であるとの考えがあるようです。

束の間のつき合い

初対面であっても船で乗り合わせた人や店先で会った人など、折角顔を合わせたのだから挨拶をして会話を楽しむことを言います。一瞬のごく短い時間であってもお互い一期一会の今を大切にしようと考え、束の間の付き合いを大切にしたようです。

束の間の付き合いには江戸しぐさならではの人情が感じられます。

おはようにはおはよう

「おはよう」と挨拶をされたら「おはよう」と挨拶を返すことを言います。江戸時代では上下関係に関係なく最初に挨拶した人と同じ挨拶で返す風習があり、部下だけが敬語で挨拶を返す必要はありませんでした。

おはようにはおはようの江戸しぐさは上下関係関係なくお互いが尊重し合いながら挨拶をすることで人間関係をより円滑にしてくれる仕草です。

陽に生きる

太陽に向かって前向きに、プラス思考にとらえ生きることを言います。江戸っ子は「宵越しの金は持たない」という言葉があるように、常に前向きに考えようという意味をもつ「陽に生きる」の江戸しぐさは自分だけではなく周りも明るくしてくれる仕草です。

ロクを磨く

江戸しぐさには「ロク」という仕草があり江戸っ子の第六感を言います。第六感とは五感意外の五感を超える理屈がつかないインスピレーションを言います。この第六感を養うことを江戸っ子は重要視していたそうです。

江戸っ子は江戸しぐさのロクを使い関東大震災を予知し東京を離れたとのことです。オカルト要素が強い仕草です。

江戸しぐさは嘘だった?

思いやりに溢れている江戸しぐさについて紹介してきましたが、実は江戸しぐさはあり得ないものであり嘘ではないかと批判する声も多く、江戸しぐさの実態について本も出版されています。

教科書や電車の広告にまで使用された江戸しぐさが後々になって嘘だったと言われるようになった理由について見ていきましょう。

江戸しぐさが現代に広まった理由

江戸しぐさが広まった理由は1981年読売新聞の「編集手帳」からです。その後ちょっといい話として広がっていき認知度が上がっていきました。江戸しぐさが誰かに伝えたくなる内容であり、新聞にも掲載されたことで歴史的根拠がないにも関わらず広まっていったのです。

嘘だと言われる江戸しぐさの例

沢山の江戸しぐさを紹介してきましたが、江戸しぐさについて疑問視する声も多く嘘ではないかと言われています。デタラメだと言われる代表的な江戸しぐさを例に真相に迫っていきましょう。

食文化に関することは全部デタラメ

NPO法人江戸しぐさの理事長を務める越川禮子さんの著書には「バナナは江戸っ子の大好物だった」と記述されていますが、実際は食用のバナナが流通したのは日清戦争以後でした。

その他にも江戸時代に「チョコレート入りのパンがあった」「トマトが食べられていた」などの記述もありますが、そのような事実はありません。

調べれば分かることにも関わらず、江戸時代の食文化について誤った記述が多いことから不信感を感じてしまいます。

傘かしげはありえない

傘かしげはすれ違う時に斜めに傘を傾けあう仕草ですが、洋傘と違って和傘はスプリングがついていないため傘をすぼめやすい構造でした。すぼめれば済む話なのにわざわざ傘かしげをする必要を感じられません。

そして江戸時代の家は土間が路地に面しているため傘かしげをすると、人の家に水をぶちまけてしまうおそれもあったのです。傘自体も当時贅沢品であったため江戸っ子は笠や蓑を使用していたことも考慮すると、傘しぐさはあり得ないのです。

こぶし腰浮かせもありえない

こぶし腰浮かせは人が来た時に席を詰める仕草ですが、江戸時代には電車やバスのような横に長い座席はありませんでした。そして江戸しぐさでは座席が描かれていますが、渡し船には座席にあたる構造はなく、馬なども一緒に乗る場合もあり腰を浮かせて詰めるのではなく腰をあげた方がスムーズです。

渡し船は川を岸から岸へと往復するものであり、途中で人が乗り込んでくるとは考えられません。

三脱の教えもありえない

江戸しぐさの三脱の教えとは職業・年齢・学歴では人を差別してはいけないというものです。江戸時代には初対面の人にこれらの三つを聞くのは失礼とされていたと越川氏は言っていますが、実際には江戸時代は身分社会であり髪型や服装を見ればどのような身分であるか一目で分かるため聞く必要がなかったと考えられます。

江戸しぐさは江戸っ子虐殺事件で消滅した?

江戸っ子虐殺事件を知っていますか?この事件は記録には残されていませんが江戸っ子狩りという恐ろしい事件があったと越川氏は話しています。

どうして江戸っ子が虐殺されなくてはいけなかったのでしょうか?そして江戸しぐさが消滅した理由についても迫っていきましょう。

江戸っ子虐殺事件とは

越川氏の話では明治維新の際に弾圧を受け江戸っ子狩りが行われる事態となり、摘発の目安は江戸しぐさであったようです。とくに女、子供が狙われ「ベトナムのソンミ村」「アメリカネイティブのウーンデッドニーの殺戮」に匹敵するほどの人数が殺害されたのではないかと記述しています。

当時の江戸の人口は約45万人であり、引き合いに出した事件で死亡した人数は大体300~500人です。江戸っ子が全滅してしまう規模では無いため記述された内容と辻褄が合っていません。

江戸しぐさは口頭で継承されていた

江戸しぐさの記録がないのは口頭でのみ継承されていたからだそうです。元々江戸しぐさを書き残してはいけないとされていたが、江戸っ子大虐殺事件の後に薩長勢力を嫌う江戸っ子が記録を全て焼き払ったため文章として残っておらず、江戸しぐさは口頭で伝えられてきたのだそうです。

江戸しぐさはこの事件で消滅した

江戸しぐさが無くなった理由は、明治政府が江戸商人の組織していた「江戸講」の繋がりを恐れ江戸講が継承してきた江戸しぐさを無くすために江戸っ子を虐殺し、わずかな江戸っ子も各地に散ってしまい江戸しぐさが途絶えてしまったということです。

江戸しぐさは教科書にものった?

江戸しぐさは教育の手本として扱われるようになり、様々な場面で取り上げられました。そして教科書に掲載されるまでに認知されるようになったという噂は本当なのでしょうか?

学校の教科書にも掲載

江戸しぐさは小学校の道徳の時間に学ばれており、文部科学省の道徳教材にも取り上げられました。

江戸しぐさは史実との裏付けがされていない偽りの伝統であると指摘され続けているにも関わらず教科書に掲載したことで批判の声があがりました。

掲載された理由

江戸しぐさが批判されているにも関わらず、改訂版でも江戸しぐさが道徳の教科書に掲載され続けています。文部科学省はこのことについて「道徳の時間は江戸しぐさの真偽を教える時間ではない」と回答しました。

事実かどうかは関係なく江戸しぐさは良い話なのだから、マナーを学ぶ上で江戸しぐさは有効であると言う考えのようです。

嘘だった場合どうする?

学校の教科書には「道徳的に重要」であるため掲載されましたが、史実と違うことを事実のように子供達に伝えてしまってはいけません。江戸しぐさは批判の対象になっていますが、マナーを学ぶにはとても分かりやすく真似したい内容のものばかりです。

江戸しぐさは日本社会と相性が良く、株式会社オリエンタルランドの他にも様々な企業の社員研修プログラムに使用されていたそうです。そんな教育に適しているとされる江戸しぐさの中身を、違った形にして子供達に教えていくことが良いのではないでしょうか。

江戸しぐさをマニュアル化し広めた越川禮子の経歴は?

江戸しぐさを広めた越川禮子さんとは一体どのような人物なのでしょうか?そして江戸しぐさの実情について徹底検証した原田実さんの著書や江戸しぐさへの意見が変化した田中裕子さんのインタビューについても紹介していきます。

越川禮子のプロフィール

名前     越川禮子(こしかわ れいこ) 
生年月日   1926年 (年齢 93歳)
出身地    東京都
学歴     青山学院女子専門部家政科卒業
1966年に市場調査の会社を設立後、1986年に米国の老人問題を題材にした「グレイパンサー」でノンフィクション部門で優秀作となり本を刊行しています。1991年に芝三光に弟子入りし「江戸しぐさ」を普及するためNPO法人江戸しぐさで活動。

江戸しぐさについての著書が沢山あり江戸しぐさを広めるため精力的に活動していたことが分かります。そして賞をとるほどの文才のある頭の良い人物であるようです。

原田実が江戸しぐさについて徹底検証

歴史研究家である原田実さんの著書「江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統」は江戸しぐさについて徹底的に検証した内容となっています。他にも二作目である「江戸しぐさの終焉」も刊行しています。もっと江戸しぐさについて知りたい方にオススメです。

法政大学総長田中裕子は肯定派から否定派に変化

田中裕子さんは1986年に著書である「江戸の想像力」で芸術選奨新人賞を受賞し江戸ブームの一翼を担った人物です。田中裕子さんは2013年6月8日に行われた麗澤大学での特別講演会では江戸しぐさを肯定する内容の発言をしていました。

しかし2015年6月25日に放送された「ニュース23」でのインタビューで「江戸っ子大虐殺はあった?」と質問されると「聞いたことない、初めて聞いた」と返答し、江戸しぐさについても「想像ですよね、空想と言えばいいのか」と否定していました。考えが変化するきっかけがあったのかもしれません。

江戸しぐさの今後に注目

江戸しぐさにたいする風当たりは強く、以前の様に取り上げられることも無くなってきました。江戸しぐさに虚偽が含まれる部分があるにも関わらず、江戸しぐさを教科書に掲載し続ければ批判の声が高まる可能性があるため今後掲載し続けるかどうか動きがあるかもしれません。

しかし江戸しぐさの内容を知ることで人への気遣いを学ぶことができるのも事実です。江戸しぐさの良い部分をアレンジして子供達へ伝えることが望ましいのではないでしょうか。

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