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スピードスケート高木美帆はどんな選手?素晴らしすぎる筋肉!

平昌オリンピックのスピードスケートのチームパシュートで金メダリストとなった高木美帆。トップアスリートとして注目度の高い選手で見事な筋肉を誇ります。日本スピードスケート界をリードする高木美帆選手の経歴や筋肉などについてご紹介します。

スピードスケート金メダリスト高木美帆はどんな選手?

平昌オリンピックのスピードスケートで金メダリストとなった高木美帆。トップアスリートとして注目度の高い選手で見事な筋肉を誇り、日本スピードスケート界をリードしています。そんな高木美帆選手についてご紹介します。

高木美帆選手が金メダリストとなったチームパシュートとは?

チームパシュートは、日本語にすると「団体追い抜き」を意味します。1回のレースでは、それぞれ3人からなる2つのチームが戦います。3人が同時に、順番を変えつつ走り、最後尾の選手がゴールラインに達したタイムを競います。

女子は6周2400m

距離は、男子がリンク8周3200mに対し、女子は6周2400mとなっています。チームパシュートでは、空気抵抗をいかに無くし、体力の消耗を防ぐかがポイントとなるので、各チームはぴったりくっついて滑走します。各選手は最低1周は先頭に立たなければならないルールとなっています。

2006年トリノオリンピックから正式種目に

チームパシュートは、もともとは自転車競技から始まったもので、2006年トリノオリンピックから正式種目に採用されました。

日本女子チームは、トリノオリンピックで4位、2010年バンクーバーオリンピックで銀メダル、2014年ソチオリンピックで4位となっており、2018年平昌オリンピックで念願の金メダルを獲得しました。

高木美帆選手の経歴は?

高木美帆は、1994年5月22日生まれ、北海道中川郡幕別町出身です。5歳からスケートを始め、7歳からはサッカーも始めました。中学のサッカー部では男子に混じってプレーし、北海道選抜としてU-15合宿に参加するなど、アスリート能力の片鱗を見せました。中3の夏の大会を最後に引退し、スケートに専念しました。

身長は163.5cm。500mから3000mまでをこなすオールラウンダーです。

ジュニア時代から注目

高木美帆はジュニア時代から頭角を現しました。2009年には全日本ジュニアスピードスケート選手権総合優勝、世界ジュニア選手権総合4位、ジュニアワールドカップ優勝(500m、1000m)という輝かしい成績を残しました。

同年バンクーバーオリンピック選考会で中学生新記録を出し、日本スピードスケート史上最年少でオリンピック代表に選ばれました。

ソチオリンピック落選から平昌オリンピックへ

高木美帆は帯広南商業高校に進学し、2013年には日本体育大学に入りました。バンクーバーオリンピックで燃え尽きたということはなく、同年ユニバーシアード1000mでも金メダルを獲得していました。

しかしソチオリンピック選考会ではすべて種目で5位に止まり、オリンピック代表から落選してしまいます。それゆえ、高木美帆選手にとって平昌オリンピックは2大会ぶりのオリンピックであったわけです。

2017年3月に日本体育大学を卒業した高木美帆選手は、同大学の助手として採用されています。

姉の高木菜那はどんな選手?

高木菜那は1992年7月2日生まれ、高木美帆のお姉さんです。お兄さんの影響でスケートを始め、ジュニア時代から頭角を現しました。2007年全国中学校スケート大会女子1000mで優勝、2008年同500mで準優勝しました。

ジュニア時代から妹らとチームパシュートに出場

2010年高木菜那・美帆選手は、押切美沙紀選手とともに世界ジュニアスピードスケート選手権大会のチームパシュートで銀メダルを獲得しました。平昌オリンピックで押切選手はチームパシュートから外れることになりますが、このジュニア時代からの経験が平昌オリンピックの金メダルへと導きました。

平昌オリンピックで2つの金メダル

高木菜那選手は、平昌オリンピックでは、チームパシュートおよびマススタートで金メダルを獲得し、1つの大会で2つの金メダルを獲得するという快挙を達成しました。2018年には紫綬褒章を受章しています。

高木美帆選手の初めてのオリンピック出場での成績は?

2010年2月高木美帆選手はバンクーバーオリンピックに出場しました。バンクーバーオリンピックは、特にフィギュアスケートの浅田真央選手とキム・ヨナ選手の対決が注目され、浅田選手が銀メダルを獲得した大会です。

1000mは35位、1500mは23位

15歳の高木選手にとっては初のオリンピック出場でした。結果はあまり振るわず、1000mはトップから2.97秒遅れの35位、1500mは4.97秒遅れの23位という結果に終わりました。調整不足のためとみられますが、チームパシュートからも外れてしまいました。

姉妹で入れ替わりの出場

姉の高木菜那選手はバンクーバーオリンピックに出場していなかったので、ソチオリンピックにかける意気込みは並々ならぬものがありました。その点で、妹の美帆選手は、油断し、意気込みにかけるところがあったのかもしれません。

ソチオリンピックでは菜那選手が出場し、美帆選手は落選してしまいました。「人生を懸けるほどの強い思いが持てていなかった」と美帆選手は、後から振り返っています。

オリンピック落選の悔しさは美帆選手を奮起させることとなりました。オリンピック後、しっかりと重心が乗るようにフォーム改造に取り組みました。

高木美帆選手の平昌オリンピックでの成績は?

平昌オリンピックのスピードスケート競技は2018年2月に開催されました。今度は高木菜那・美帆選手、姉妹そろっての出場であり、ふたりにとっても、一緒に出場できたことはとても心強かったことでしょう。

悲願のメダル獲得!

第1日目は女子3000m。高木美帆選手は5位とまずまずのスタートを切りました。3日目に行われたのが女子1500mで、美帆選手は見事に銀メダルを獲得しました。美帆選手にとってオリンピック初のメダルです。また5日目の女子1000mでは銅メダルを獲得し、複数メダルの獲得者となりました。

チームパシュートで完璧な金メダル

2017-18シーズンに入ると、日本の女子チームパシュートは絶好調を維持しました。オリンピックの前哨戦となるワールドカップで世界新記録を出して優勝を続けたのです。

10日目に女子チームパシュートの予選が始まりました。日本は高木美帆・菜那選手を軸に、佐藤綾乃選手、菊池彩花選手を入れ替えて勝負をかけました。1回戦では佐藤選手、12日目に行われた準決勝では菊池選手が出場しました。日本は順調に勝ち上がりました。

そして運命の決勝。相手はソチオリンピック王者のスケート大国オランダです。高木姉妹に佐藤選手を加えた日本は、2分53秒89のオリンピックレコードで見事に勝利し、金メダルを獲得しました。高木美帆選手は、一つの大会で金銀銅すべてのメダルを獲得した日本女子初の選手となりました。

高木美帆選手の強靭な筋肉とメンタルの強さをもたらせた指導とは?

ソチオリンピックに落選した高木美帆選手が取り組んだのが肉体改造でした。オランダのプロチーム「ニューバランス・スピードスケートチーム」のヨハン・デビットコーチに師事しました。デビットコーチはのちに日本ナショナルチームのコーチとして招かれています。

ハードなトレーニングで強靭な肉体

自転車での長距離ロードワークを重視したトレーニングや、メンタル面まで行き届いたオランダ流の指導により、高木美帆選手は強靭な肉体を手に入れ、成績も上がっていきました。スピードスケート選手は見事な太ももの筋肉を持っていますが、高木美帆選手の太ももも見事に鍛え上げられています。

チームパシュートの戦略もデビットコーチ

平昌オリンピックのチームパシュートの戦略を立てたのは、デビットコーチであり、日本チームに金メダルをもたらせました。決勝まで選手の力をいかに温存させるか、主軸である高木美帆選手が先頭を走る距離をいかに調整するか、その戦略が見事に当たったのです。

トレーニングから試合での戦略まで、デビットコーチは最高の指導者であったと言えるでしょう。

高木美帆選手の今後も見逃せない

以上、高木美帆選手についてご紹介してきました。2017-18シーズンは、まさに絶好調のシーズンで、ワールドカップ優勝、オリンピックでも金メダルを獲得しました。2018-19シーズンにおいても高木選手は調子の良さをみせています。今後、どのような滑りをみせてくれるのか、活躍が見逃せません。

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