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    M-1の審査員でのコメントが話題の上沼恵美子について調べてみました

    関西では大物司会者として絶大な人気を持つ上沼恵美子さん。漫才グランプリ、M-1でも長きにわたって審査員をされていて、ここ最近は、上沼恵美子さんのコメントも話題となっていますが、そんな上沼恵美子さんについて調べてみたいと思います。

    天才漫才師と呼ばれた上沼恵美子さんとは?

    関西で絶大な人気を誇る上沼恵美子さんですが、以前は、天才漫才師と呼ばれ、女性漫才師として活躍されていました。姉妹でコンビを組んでいた上沼恵美子さんは、若干17歳で、すでに誰もが認める実力の持ち主でした。

     

    それから現在まで、結婚、引退、出産、復帰と、目まぐるしくも、常に笑いの世界で輝き続ける上沼恵美子さんについて調べてみました。

    辛口審査員?上沼恵美子さんのプロフィールとは?

    大阪で人気司会者として活躍されている上沼恵美子さんですが、芸歴40年以上になる大御所でありながら、バラエティ番組をはじめ、M-1の審査員や料理番組と様々な活躍をされています。

    天才漫才師と言われ、彗星の如く突如、お笑い界に現れた新星であった上沼恵美子さん。また、人気絶頂期でありながらも結婚を決め、潔く漫才の世界から引退したことは有名です。

    そこから、再び芸能界への電撃復帰をし、現在に至るまで、バラエティー番組をいくつも抱える人気タレントとして活躍されています。そんな、女性としてお笑いの世界で活躍し続ける上沼恵美子さんについて調べてみました。

    上沼恵美子さんのプロフィールとは

    お笑い界の女性レジェンドである上沼恵美子さんのプロフィールは…

     

    名前 上沼恵美子

    生年月日 1955年4月13日

    出身地 兵庫県

    コンビ名 海原千里・万里(1971年〜1977年)

    上沼恵美子さんは芸に囲まれた環境で育っていた

    兵庫県の淡路島で生まれ育った上沼恵美子さんですが、若干17歳の高校生の時、芸の世界に飛び込んでいきます。

    上沼恵美子さんの父親が演芸が好きだった事や、祖母が浄瑠璃の師匠で三味線の名手であったこともあり、幼い頃から、姉妹揃って演芸や歌を見たり聞いたりして育ってきた上沼恵美子さんとお姉さんは、ものまねを披露したりと、芸への才能が開花していったのです。

    上沼恵美子さんは元漫才師だった?

    上沼恵美子さんのデビューのきっかけは、実のお姉さんが、コンビを組む予定だった相方に逃げられた事により、海原お浜・小浜に弟子入りした事が芸人人生の始まりとなりました。

    上沼恵美子さんは実のお姉さんとコンビを組んでいた

    お姉さんとともに弟子入りした上沼恵美子さんは、若干17歳でお姉さんと漫才コンビを組み、デビューすることになります。世間では、17歳の天才漫才師が現れたと、とても話題になったそうです。

     

    また、当時人気アイドルであった天地真理に擬え、「漫才界の白雪姫」と呼ばれて、スターへの道を一気に駆け上がっていきました。

    漫才師時代に出した曲が大ヒット

    1976年、海原千里・万里として人気を博していた上沼恵美子さんは、漫才コンビとして「大阪ラプソディー」という曲を出すことになります。そして、その曲が当時40万枚と、大ヒットをしました。

     

    上沼恵美子さんとお姉さんは、漫才だけでなく、幼い頃から歌や浄瑠璃といった環境にふれていたことからも、やはり歌手としての才能も持っていたのだと思います。

    上沼恵美子さんは結婚されている?

    漫才師として大活躍をされていた上沼恵美子さんですが、1975年、テレビ番組のプロデューサーとして、夫となる8歳年上の上沼真平さんと出会い恋に落ち、その2年後の1977年、5月22日、周囲の反対を押し切って結婚し、それを機に上沼恵美子さんは芸能界を引退することを決意しました。

     

    結婚を機に、これまで漫才コンビとしていた上沼恵美子さんですが、お姉さんとのコンビ「海原千里・万里」を解消しました。

     

     

     

    引退後、上沼恵美子として復帰

    惜しまれつつもコンビを解消し、引退して専業主婦となった上沼恵美子さんですが、長男を出産後の1978年、7月に芸能界へ復帰をします。芸能界へ復帰した上沼恵美子さんはコンビではなく一人でバラエティー番組で活躍していきます。

     

    次第に、天才と言われたほどの才能の持ち主である上沼恵美子さんは自身の番組をいくつも持ち、現在も人気を博しています。のちに復帰の理由として、上沼恵美子さんは「自分には専業主婦は耐えられなかった」と話していました。

     

    上沼恵美子さんは関西では視聴率女王と言われている?

    復帰後の上沼恵美子さんは、自身が住んでいる関西を拠点として、歯に着せぬトークで、瞬く間にお笑い界での地位を確立していきます。

     

    また、自身も主婦としての目線や嫁姑との関係など、身近で親近感の湧く話題や、「恵美子のおしゃべりクッキング」などの料理番組で、多くの主婦からの人気も獲得していきました。次第に上沼恵美子さんの番組は視聴率が揺るぎないものとなっていきます。

     

    ディナーショーも即完売の大人気ぶり

    また、漫才師時代からの音楽活動も再開した上沼恵美子さん。そんな中でも、上沼恵美子さんのディナーショーは、すぐに完売してしまうほどの人気で、チケットが取れないほどだそうです。

     

    関西でもトップクラスの爆笑トークしっとりと聞かせる上沼恵美子さんの歌唱力に、多くのファンの方が魅了されています。

     

    また、1994年、1995年の「NHK紅白歌合戦」では、2年連続で紅組の司会を担当しており、全国区でも上沼恵美子さんの知名度と人気をあらわしました。

    上沼恵美子さんと明石家さんまさんの不仲説とは?

    上沼恵美子さんには明石家さんまさんとの不仲説がネット上でも噂されています。芸暦上は、明石家さんまさんより少しだけ先輩の上沼恵美子さんと明石家さんまさんの間に、何があったのでしょうか?そこで、上沼恵美子さんと明石家さんまさんの不仲になるきっかけや、その真相についても調べてみました。

    明石家さんまさんと上沼恵美子さんの不仲の原因とは?

    とある週刊誌が、上沼恵美子さんと明石家さんまさんの不仲説を掲載したことが発端となり、上沼恵美子さんと明石家さんまさんが1994年に共演した際に、その時のさんまの発言から不仲が始まったと週刊誌には書かれており、そこから不仲説が浮上したようです。

    22年ぶりの共演?!上沼恵美子と明石家さんまの不仲の真相とは?

    最後の共演から22年後の2016年に「さんまのまんま」にて再び上沼恵美子さんとの共演が生放送で実現しました。そこで、噂の週刊誌を持参した上沼恵美子さんは、明石家さんまさんに22年前の真相を問いただします。

     

    タジタジになりながらも完全否定する明石家さんまさん。しかし、負けじと上沼恵美子さんも明石家さんまさんを追い詰めます。結果的には、ドローのような形で終了した生放送でしたが、はっきりした真相はわかりませんでした。

     

    ただ、この放送ではっきりしたことは、上沼恵美子さんも明石家さんまさんも一流のお笑いのプロだということですね。不仲説というネタに対して、二人の笑いに変えていく戦いを見れた気がしました。

    上沼恵美子さんはM-1の審査員をされている?

    上沼恵美子さんは、M-1グランプリの2007年の第7回大会から2018年の第14回大会までの間で12回も審査員として参加されています。人気女性漫才師として活躍された上に、現在も現役でお笑い界で活躍されていることを思えば、選ばれて当然かと思います。

    ダウンタウン松本人志からも絶大な信頼を受ける上沼恵美子さん

    今や、芸人の中でもカリスマと言われているダウンタウンの松本人志さんも、上沼恵美子さんの功績を讃えながら「女性目線で、吉本以外で、当然尊敬できる人はあの人しかいない」とリスペクトを込めてコメントをされていました。

     

     

    上沼恵美子さんは女性漫才師のカリスマだった

    そのため、M-1の審査員として、松本人志さんから上沼恵美子さんに依頼をして、この長い間、唯一女性の審査員として番組に出演されてきたのだということでした。確かに、女性漫才師として一時代を築いた上沼恵美子さんは適任ですね。

    上沼恵美子さんの今後の活動は?

    デビューから47年もの間、お笑いの世界でたくさんの人に笑顔を与えてきた上沼恵美子さんですが、女性がなかなか活躍しにくい世界で、女性ならではの目線での番組を作り、女性が思いっきり笑える、元気が出る笑いを届けてくれている気がします。

     

    そして、これからもきっと、男性に負けない強さと、女性ならではの感性で、まだまだたくさんの人に笑顔と女性ならではのパワーをを与えていってくれるはずだと思います。

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