記事ID41110のサムネイル画像

1980年代伝説のスーパーアイドル・松田聖子は何度結婚したの?

昭和の歌姫・松田聖子。松田聖子の歌は現代も歌い継がれるほどの人気です。松田聖子の髪型をまねる聖子ちゃんカットも街にあふれるほどでした!松田聖子は恋多き女性として知られていますが一体何度結婚したのでしょうか?これまでの結婚相手をご紹介致します!

昭和の歌姫・松田聖子ってどんな人?

10代20代くらいの人にとって松田聖子さんがどれほどのスーパーアイドルだったのかは知らない事でしょう。一体どれほどの人だったのでしょうか?

・生年月日:1962年3月10日
・福岡県久留米市荒木町出身。
・サンミュージックプロダクションからいくつかの事務所を経て
 現在は ファンティックを個人事務所、制作全般をfelicia club(フェリシアクラブ)所属としている。
身長160cm。体重42kg。血液型A型

ママドルの道を切り開いた

1980年代を代表するアイドル歌手で「裸足の季節」でレコードデビュー。「聖子ちゃんカット」や、新しいアイドルとしての生き方の道を切り開いたと言っても過言ではありませんし、その地位を作り上げたパイオニアではないでしょうか?ママでありなりながらもその地位を維持できる「ママドル」「ママタレ」は松田聖子さんが作ったとして知られています。

みんなが真似をした聖子ちゃんカット

松田聖子さんの当時の人気の高さ説明するのに「聖子ちゃんカット」は外せません。当時の同世代の間で大流行しました。ですが81年に「赤いスイトピー」を発売した頃にショートヘアにすると、その髪型すらもマネたショートヘアが流行りだしました。

衝撃的だったショートカット

1981年に「赤いスイトピー」を発売した頃にショートヘアにすると、日本中に衝撃が走りました。でもその髪型すらもマネたショートヘアも大流行したのです。

松田聖子はデビューから四半世紀を過ぎ、結婚、出産、二度に亘る離婚、数度の不倫スキャンダルを経てもなお、「アイドル」と呼ばれている。すごい女性です。

松田聖子さん初めての結婚相手は神田正輝さん

まさにトップアイドルを極めていた1985年23歳と言う若さで初めての結婚をしました。

3度の結婚と二度の離婚を経験している松田聖子さん。これまではどのような結婚を送ってきたのでしょうか?

松田聖子・神田正輝
1985年 映画『カリブ・愛のシンフォニー』で共演した人気俳優とトップアイドルの結婚は、「聖輝の結婚」とも呼ばれました。翌年、娘・神田沙也加が生まれるも1997年に 離婚。12年間の結婚生活でした。

一昔前は芸能人の結婚式をテレビ中継していました。これだけの2人が結婚をするのですから中継されて当たり前のようなものでした。

神田正輝と松田聖子の結婚式は視聴率34.9%を記録
結婚式・披露宴の独占放送権を獲得したテレビ朝日は、10時間もの間放送。ゴールデンタイムの平均視聴率は34.9%だったそうです!

出典:http://laughy.jp

2度目の結婚は交際2ヶ月の「ビビビ婚」

2度目の結婚も電撃的でした。お相手が芸能人では無かったことも驚きでしたね。

2度目の結婚は歯科医師波多野浩之さん

当時札幌に勤務していた波多野浩之の歯科医院に患者として通っていた松田聖子さん。「ビビビ」と来たそうでいわゆる「ビビビ婚」と言われました。

結婚相手に出会った瞬間、
「わたしはこの人と結婚するんだ!」と思って、実際に結婚したケース

出典:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

松田聖子さんの発言で合ってますが、神田正輝さんの時ではありません。
神田正輝と離婚して、その後再婚した歯医者さんの時だったはずです。
いわゆる一目惚れのことだと思いますが、
その人を見た瞬間、なにか「びびび!っときた」と記者会見で語ってました。
それが「びびび婚」の由来。

出典:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

「ビビビ婚」という言葉を知っていても松田聖子さんの発言から広まったことを知らない人も多いのかもしれませんね。

3度目の結婚は慶応義塾大学医学部の准教授

もう無いだろうと思われていた3度目の結婚。やはりこちらも衝撃的でしたね。

歯科医 河奈裕正さん

河奈裕正さん
慶応義塾大学医学部の准教授、及び 慶応義塾大学病院 歯科・口腔外科の外来担当医で診療副部長

さわやかなイケメンと評判だった!

慶大病院で勤務するかたわら、フジテレビの社内診療所の歯科医も担当「さわやかなイケメンで腕がとてもよく社内でも口コミで人気が広まるほどだった」という。松田聖子さんも当時この歯医者に通っていて、先生と意気投合したのがきっかけだったようです。

フジテレビの生野陽子アナも太鼓判

生野陽子アナがフジテレビの社内の歯科医も担当していることから「やさしい先生です。すきです。」とテレビでコメントしていました。松田聖子さんもきっとそのやさしさに惹かれたのでしょうか?

略奪婚だったとの噂

先生と意気投合し結婚まで至った2人ですが当時先生は結婚していたと言われています。松田聖子さんは不倫だったのでしょうか?いずれにしても現在まで幸せに暮らしているようですので何よりですね。

松田聖子を母に持つ神田沙也加の生き方

松田聖子の数々の離婚の中でたった一人で来た天使、神田沙也加。
神田沙也加は、母・松田聖子の事をどう思っているのでしょうか?

娘から見た松田聖子とは

母である松田聖子のことをかつて「天才型」だと言い、「いつでも正確に歌えて、発声せずに出ていってあれだけ歌えるのを見て、人間ってああいうふうにだれでも歌えると思ってた」と語っていました。

歌手、松田聖子さんの凄さを改めて感じる言葉ですよね。一番近くで見てきたからこそ感じる事なのでしょう。

自分と松田聖子との違いについて

沙也加さん自身は訓練して努力しないと母のようにはなれないと感じ絶望した事もあったようです。しかしながら現在は「アナと雪の女王」の歌唱力が日本全国で認められ充実した日々を送っているのではないでしょうか?

天才型の母と努力型の自分。きっと偉大な存在なだけに苦労も多かった事でしょう。ですがその結果現在はとても素晴らしい歌手になったことで自信がついたのではないでしょうか?

沙也加さんは高校卒業後ひとり暮らしを始め12歳年上の離婚歴のあるギタリストと交際。心配した松田聖子と大ゲンカし近隣住民から通報されたとの報道もあったようです。

沙也加からすれば、『お母さんは自由に恋愛してるじゃん』っていう気持ちになっていた。この事が原因で、家を飛び出し一人暮らしを始め、自分の道を歩みだしたとも言われています。

出典:http://matome.naver.jp

芸能活動の休止

2005年5月に高校卒業をひと区切りとし将来のことを考えたいという理由でSAYAKAとしての活動を約1年半の間休止したこともありました。

勝手な芸能活動休養に母・松田聖子は激怒した。給料を凍結して月20万円の生活費を渡さず、沙也加は毎日カップ焼きそばで過ごした時期もあった。

出典:http://matome.naver.jp

歳を重ねて可愛らしさは失わない松田聖子の今後にも期待

年を重ねる事も自然に受け入れる潔い松田聖子さん。輝きを全く失わないその姿をいつまでも見てていたいですよね。

松田聖子さんと言う人は、これだけの多くの恋愛をしてもいつまでも可愛らしく女性らしさを失わない不思議な魅力のある人です。この魅力があるからこそ男性をも虜にするのでしょう。

テレビのインタビューなどで話す姿の松田聖子さんはとても謙虚で女性らしい印象を受けますよね。こんなに大スターにもかかわらずその姿勢が可愛らしく見えるのですよね。

女性の憧れでもある松田聖子と言う人

デビューして35年以上たった今でも多くの女性ファンからの支持が圧倒的に多い松田聖子さん。アイドルと言う立場でありながら数度の離婚と結婚を経験。それでも愛されるのにはたくさん理由があるのでしょう。

きっと松田聖子さん自身は素直に自分の思った気持ちで行動しているのでしょう。そこに批判があったのだとしても貫く気持ちの強さが彼女の魅力でもあります。

現在のママタレの道を切り開くきっかけとなった彼女の存在や生き方は同世代の女性の憧れです。そしてまた新しい道を切り開きいつまでも松田聖子さんらしく生きてほしいものですよね。

以上、松田聖子さんのこれまでの結婚についてご紹介致しました。

関連する記事

この記事に関する記事

この記事に関するキーワード

キーワードから記事を探す

TOPへ