執行猶予中の清原和博氏。表舞台から姿を消し、現在の様子は?

元プロ野球選手の清原和博氏。現役時代は番長と呼ばれ、注目の的でしたが引退後の2016年2月3日に覚醒剤取締法違反で現行犯逮捕。現在、執行猶予中ですが一体どのような生活を送っているのか。清原和博氏のこれまでと現在についてまとめてみました。

清原和博氏って?出身地は岸和田?甲子園での成績は?

以前に比べ現在はあまり、その様子を聞くことのない清原和博氏。
心穏やかに静かに過ごすことが出来ていれば良いのですが…。

まずはプロフィールからご紹介していきます。

清原和博氏は1967年8月18日生まれの50歳。
血液型はB型で、出身地は大阪府岸和田市。
現役時代のポジションはファースト(一塁手)でした。

清原和博氏と甲子園

清原和博氏は高校一年生で甲子園に出場しています。
甲子園出場をかけて県大会を勝ち抜くだけでも大変なことですが、清原和博氏は5季連続で甲子園に出場。
ここまでの内容だけでも、素晴らしい快挙ですよね。

※イメージです。

気になる甲子園での成績は?

1年生の夏→優勝
2年生になると春・夏続けて準優勝。
ちなみにPL学園が準優勝となった第66回全国高校野球選手権大会は、茨城県立取手第二高等学校が優勝、第56回選抜高校野球大会は東京都の岩倉高等学校が優勝しています。

そして高校3年生の春はベスト4、そして夏に2度目の優勝を果たしました。
大変素晴らしい結果を残しました。

※イメージです。

そんな清原和博氏の甲子園通算成績は、91打数40安打、打率.440、本塁打13です。
もちろん、各球団から大注目の存在でした。
現在の高校球児も将来が楽しみな子が沢山いますが、清原和博氏の記録も色褪せず素晴らしい記録なんですよね…。

運命のドラフト会議で事件が…。KKコンビの分かれ道。

PL学園の清原和博氏と桑田真澄氏は同学年で1年生の頃からそれぞれ活躍しており、2人の苗字から、「KKコンビ」と呼ばれていました。
そんな2人の高校卒業後の進路に世間は大注目。

清原和博氏プロ入りし読売ジャイアンツへ入団したいと思っていました。
一方の桑田真澄氏は大学進学を表明していたため、1985年のドラフト会議では桑田真澄氏への指名は回避、複数球団が清原和博氏を指名すると予想されていました。
清原和博氏意中の読売ジャイアンツもその中に含まれている、と。

しかし、読売ジャイアンツが1位指名したのは清原和博氏ではなかった。

桑田真澄氏を単独1位指名し、交渉権を獲得したのです。

清原和博氏は予想通り複数の球団から指名が集まりました。
6球団から1位指名を受け抽選の結果、西武ライオンズが交渉権を獲得しました。

涙を流しながら必死に言葉を絞り出す清原和博氏の会見は現在でも忘れられない方が多いのではないでしょうか。
その後、KKコンビはそれぞれ1位指名を受けた球団にてプロ入りしました。

現役時代に所属していた球団

高校卒業後の1986年から1996年までの10年間、西武ライオンズに所属し、1996年11月24日にFAで読売ジャイアンツへ入団。
この時、読売ジャイアンツは「そんなに来たいならどうぞ。」という姿勢を崩さなかったという。
膝や太ももなど下半身の故障を繰り返しながらも打撃フォームの改造をしたりと努力をしてきた清原和博氏だったが、2005年シーズン終了後には読売ジャイアンツから戦力外通告。

その後、オリックスバファローズのシニアアドバイザーであった仰木氏から電話にて「大阪に帰って来い。お前の花道は俺が作ってやる。」と何度も説得され、オリックスバファローズに入団し、2008年には現役引退しました。

清原和博氏、引退後から現在まで…

2014年春、清原和博氏に違法薬物使用疑惑が浮上

「週刊文春」によって清原和博氏の違法薬物使用疑惑が報じられました。
しかし、清原和博氏は雑誌の対談や2015年放送のテレビ番組で薬物使用疑惑を否定していました。
結果的にこの時は疑惑のみで収束しましたが、そういった話が出てしまったこともありTVの露出も減ってゆき、私達が清原和博氏の姿を目にする機会は減りました。

脚には刺青も…。

2016年2月、覚醒剤取締法違反で現行犯逮捕

2016年2月3日、テレビである速報が流れました。
「清原和博氏、覚醒剤取締法違反(所持)の容疑で現行犯逮捕」。
過去に"疑惑"が報じられていたとはいえ、これまで応援してきた人たちにとってはショッキングな内容で"信じたくない"一体なぜ…"というのが正直な気持ちだったのではないでしょうか。

その後、清原和博氏は使用容疑で再逮捕、所持容疑での起訴、使用容疑での追起訴されました。

留置場での生活を告白

留置場での生活は44日間。そこでは名前ではなく、番号で呼ばれる。
清原和博氏は"114番"と呼ばれていたそうです。

かつての清原和博氏

一番辛かったのは、入浴の時間

様々なルールがある留置場での生活。
入浴にもルールがあり、入浴は5日に一度と決まっていました。
独居房に入っていた清原和博氏が入浴出来るのは最後の方だったそう。

5日に一度しか入ることのできないお風呂。
何人も入った浴槽のお湯は汚かった。
髪の毛が沢山浮いており、よく分からないものが浮遊している。

※画像はイメージです。

最後の方に入ると栓を抜かなくてはならない。
清原和博氏は現在(当時)の自分が情けなく感じた。
そして、涙が出たそうです。

これまでの生活と一変し、プライドをへし折られたように思えたのでしょう。
しかし、そのような状況を招いたのはこれまでの自身の行動なのです。

※画像は一般的な浴槽です。

2017年、雑誌の連載が開始

「Sports Graphic Number」にて清原和博氏の連載が開始しました。

タイトルは"告白"。
これまでの半生を振り返る内容になっています。

誰にでも弱い部分はあります。
その弱さから逃げずにこれまでの人生を振り返り、しっかり自分自身と向き合っていってほしい。
そのように願うばかりですね。

現在も連載中です。
2018年1月現在発売中の「Sports Graphic Number」の内容が気になる方は下記ボタンから覗いてみてください。

清原和博氏の現在と"大切なハンカチ"って?

10月から薬物治療を開始。週1回のペースで尿検査と臨床心理士のカウンセリングを受けている。

自身の捜査にあたった警察官とも連絡を取り合っている。

出典:https://www.sponichi.co.jp

2016年10月から現在に至るまで、定期的にカウンセリングや尿検査を受けているようです。

現在も大切にしているハンカチ

留置場の売店で売っていた青いハンカチ。価格は500円。
そのハンカチだけは唯一、24時間持っていることを許されたとのこと。

留置場での生活で受けた屈辱と自身の犯した罪への後悔を忘れないよう、現在も肌身離さず持ち歩いているそうです。

薬物依存を一人で乗り越えるのは難しい。現在、交流のある人物。

かつて大魔神と呼ばれた"佐々木主浩"氏

清原和博氏が逮捕後に一番にメッセージをくれたが佐々木主浩氏でした。

そして、初公判時には情状証人として出廷してくれました。
佐々木主浩氏にも家族がいる、仕事など自身の立場もある。
そんな中で大事な友人だから、と清原和博氏のために出廷してくれたのです。

その後、薬物治療のための病院を紹介してくれたのも佐々木氏だったそう。
きっと2018年現在も清原和博氏のことを気にかけてくれていることでしょう。

清原和博氏のこれまでと現在についてまとめてみました。

逮捕されたこともあり、現在は表舞台から遠ざかっている清原和博氏。
現在、どのような生活を送っているのか詳しいことは分かりません。

清原和博氏には友人もいる、今でも清原和博氏を思い続けるファンがいる、きっと他にも支えてくれる人がいることでしょう。
今現在、見守ってくれる人たちのためにも、そして自分自身のためにも、これから先の人生、薬物を"やめ続ける"こと。

違法薬物使用は許されることではありません。
ずっと背負っていかなければならないものです。

でも、どんな形でも良い。
また野球に関わる清原和博氏の姿を見る事ができる日を待ち、信じ続けたいですね。

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