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XJAPANのYOSHIKIが2017年の紅白歌合戦に出場し、披露した曲は何!?

XJAPANのメンバーであるYOSHIKIとTOSHIが2017年の紅白歌合戦に出場し、低迷していた紅白歌合戦の視聴率を急上昇させました!XJAPANのYOSHIKIのプロフィールの紹介の他、XJAPANが紅白歌合戦で披露した曲を紹介します。

紅白歌合戦に出場したYOSHIKI(よしき)のプロフィール

紅白歌合戦に出場したYOSHIKIは、1965年11月20日生まれで2018年で53歳になります。
千葉県出身で、呉服店を営む家庭の長男として生まれました。(YOSHIKIには弟が一人います)

YOSHIKIの家族は全員楽器を演奏するのが得意でYOSHIKIの父は、ピアノ(ジャズ)、YOSHIKIの母は三味線、YOSHIKIの叔母は琴を演奏できます。YOSHIKIの父はピアノの他にもタップダンスという特技があり、プロ並みの実力があるそうです。また、YOSHIKIの弟は元俳優で芸能活動していましたが、現在は俳優をやめて、YOSHIKIのマネージャーをつとめています。

YOSHIKI(ヨシキ)の幼少期と学生時代

YOSHIKIの両親は忙しく家政婦がYOSHIKIとその弟の面倒を見ていました。父から何百万もするジャズピアノを買ってもらったYOSHIKIは、自宅付近のピアノ教室で4歳の頃からレッスンを受け始めます。8歳になったYOSHIKIは様々なクラッシックミュージックをピアノで演奏できるようになりピアニストとしてどんどん成長していきました。

しかし、YOSHIKIは幼い頃から喘息を発症し、中学校に上がるまで何度も入院と退院を繰り返していました。ピアノが弾けない環境だったがYOSHIKIの父が子どもでも読める偉人伝をお見舞いとして持ってきていたため、入院生活では、その偉人伝をずっと愛読していました。

喘息を患いながらも9歳で作曲を始め、10歳~14歳まで部活(ブラスバンド)でトランペットを演奏。サッカーにも興味があったため、サッカー部とブラスバンド部を掛け持ちする形で所属していました。
11歳の頃にキッスの「ロックンロールオーバーツアー」の公演に行ったYOSHIKIはバンドの魅力に取りつかれ、ドラムをたたき始めます。ギターもほぼ同時期に始めましたが、不器用なYOSHIKIには不向きですぐやめてしまったそうです。

XJAPANを結成するまでのこと

11歳という若さでバンドを結成(XJAPANのTOSHIもメンバーにいます)し、ドラムとボーカルを掛け持ちしていたが、声変わりの時期で高い声しか出なかったため、新メンバーが加入した後はドラムに専念することになりました。しかし、メンバーが大学受験を控え学業に専念をするため、バンドを解散。
しかし、バンドもドラムも諦めていなかったYOSHIKIは、XJAPANメンバーのTOSHIと他のメンバーを引き入れ新たなバンドを結成しました。それが「XJAPAN」です。

紅白歌合戦に8回出場しているXJAPANの有名曲の紹介!

XJAPAANの有名な曲(代表曲)と言えば、何を思い浮かべますか?
XJAPANは悲しい過去(メンバー2人が死去)を乗り越えて2017年の紅白歌合戦で8回目の出場になりました!
紅白歌合戦で披露した8曲を年代別に分けて紹介していきましょう。

紅白歌合戦に初出場した曲(1991年)

YOSHIKIを含めたXJAPANが紅白歌合戦に初出場したのは1991年で今から約27年前のことです。初出場した紅白歌合戦で披露した曲は「silent Jealousy」です。
動画は、紅白歌合戦のものではありませんが、YOSHIKIはメンバーであるTOSHIと一緒にこの歌をかっこよくドラム演奏しています。

紅白歌合戦で披露した曲(1992年・2016年)

1992年と2016年に披露した曲はXJAPANのファンでなくても知っている超有名曲「紅」です。2010年に公開された動画ですので、メンバーみんな若いですね!

紅白歌合戦で披露した曲(1993年)

1993年の紅白歌合戦で披露した曲は、「Tears」です。XJAPANのシングル曲の中で最もヒットした曲でもちろん、売り上げも1位になったXJAPANの超有名曲です!

紅白歌合戦で披露した曲(1994年)

XJAPANの10枚のシングルである「Rusty Nail」を毎年連続出演をしていた1994年の紅白歌合戦で披露しました。
「Rusty Nail」は1994年7月に発売された曲でオリコンチャート1位と獲得し、「tears」に次ぐシングル売り上げとなりました。

紅白歌合戦で披露した曲(1997年)

1997年の紅白歌合戦(12月31日)でXJAPANは一時活動休止となり、いつ復帰するかなど予定が全く分からないままでした。
紅白歌合戦の出場が最後になるかもしれないと思われた1997年に披露した曲は「foreverlove」です。

紅白歌合戦で披露した曲(2015年)

2007年に活動を再開したXJAPAN。しかし、復帰後すぐ紅白歌合戦に出場することは出来ませんでした。
2015年に紅白歌合戦に戻ってきたXJAPANが披露した曲は紅白歌合戦のスペシャルメドレーで「Forever Love」や「BORN TO BE FREE」を披露しました。

2015年の紅白歌合戦ではyoshikiが「花は咲く」でピアノ演奏していた!

2015年大きな震災があった日本。この曲は多くの被災者が悲しみに暮れていた時によく聴いた曲で、多くの被災者がこの曲で励まされたそうです。

2015年の紅白歌合戦では出場者全員がYOSHIKIのピアノ演奏とともにこの歌を歌っていました。

2017年に紅白歌合戦でyoshikiとToshiが披露した曲!

2017年の紅白歌合戦にXJAPANのメンバーTOSHIとともに出場したYOSHIKI。
2017年の紅白歌合戦で披露した曲は2015年同様紅白歌合戦のためだけのスペシャルメドレーです。歌われた曲は「ENDLESS RAIN」と「紅」でした。

YOSHIKIは首を痛め、2017年に首手術で治療をしたばかり。首を痛めた原因は長年していたヘドバン(首を激しく上下に揺らし、音楽とともに激しく動かす)のし過ぎが原因とも言われています。
「ENDLESS RAIN」ではピアノ演奏をだけでしたが「紅」ではドラムを披露したYOSHIKI。以前のような激しい動きはしていないので、首へのダメージは少なそうですね!

YOSHIKI出場後、紅白歌合戦の視聴率は急上昇!

紅白歌合戦は他局の特番の勢い押され気味で、視聴率は30%代でした。しかし、YOSHIKIがテレビに登場した瞬間、紅白多合戦の視聴率は40%にまで上昇しました!たった一人のアーティストの出場で10%の視聴率を上げるのは異例なんだそうです。

2017年の紅白歌合戦で起きたトラブル!

紅白歌合戦においても大いなる影響を与えたX JAPANだったが、実は番組の現場でYOSHIKIは大きなショックを受けていた。というのも、YOSHIKIが年末年始の多くのバラエティ番組や歌番組に出演しているのは、ドキュメンタリー映画『WE ARE X』のプロモーションのためだが、紅白歌合戦の現場では番組側の都合で急遽『WE ARE X』の紹介部分がごっそりカットされてしまっていたのだ。

X JAPANパフォーマンス前のMCトークで触れる予定だったもので、この日のYOSHIKIにとって1番話してもらいたいと考えていた部分が完全になくなってしまう事態となっていた。

紅白歌合戦を盛り上げるため、この日をドラム復帰の場に選び、YOSHIKIは当日の朝までドラムの練習に励んでいた。更に出演者全員での合唱曲「いつでも夢を」のピアノ演奏も担当し、タイトな時間の中でアレンジも手掛けて本番に臨んだ状況だった。

番組に尽力し貢献をみせたYOSHIKIだったが、唯一希望していた場面が時間調整のために削られてしまったのは、さすがに大きな落胆だったようで、これには関係各所からも同情の声があがっていたという。

意気消沈することなく笑顔でエンディングを迎えていたYOSHIKIだったが、生放送ならではのドタバタ劇に巻き込まれていたというのが、隠された事実だ。

出典:https://www.barks.jp

2018年も絶対に紅白歌合戦に出場してほしい!

首を負傷し、紅白歌合戦の出場が危ぶまれたYOSHIKIでありましたが、無事に紅白歌合戦に出場し、観客、ファン、視聴者を紅白歌合戦の出場者の誰よりも楽しませてくれました!

紅白歌合戦は生放送であり、生放送ならではのトラブルがありましたが、紅白歌合戦が終わるまで終始笑顔だったYOSHIKI。

2018年の紅白歌合戦にもぜひ出場してほしいですね!
以上、紅白歌合戦に出場し、視聴率を急上昇させたYOSHIKIの紹介とまとめでした!

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