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akb48グループ総プロデューサー秋元康がakbを語る!アイドル論!

akb48グループ総プロデューサーとして、akb48グループをここまで大きくした秋元康さん。その仕掛けの裏には、akb48を商品として見せる戦略があるようです。また、akb48の卒業に関するタイミングについても、秋元康さんは言及しています。

akb=秋元康という方程式

akbの産みの親と言えば、言わずと知れた秋元康さん。
akbをプロデュースし、曲に詞を書くことで、ここまでakbグループを大きくしてきました。
東大生が選ぶ、天才だと思う人には、堂々たる第4位にランクインし、秋元康の偉大さを、再認識した人も多いかと思います。
秋元康さんを語る上で、akbは外せません。
akbと秋元康さんとのエピソードなどをご紹介します。

akbグループプロデューサー秋元康のプロフィール

本名   : 秋元康
別名   : 高井良斉
生年月日 : 1958年5月2日(59歳)
出身地  : 東京都目黒区
最終学歴 : 中央大学文学部中退

放送作家を経て、作詞家として活躍しています。
アイドルから演歌まで、様々なジャンルの作詞を手掛けています。
1985年からは、「おニャン子クラブ」の楽曲を手掛け、メンバーを次々とソロデビューさせました。
秋元康さんは、おニャン子クラブの全楽曲の作詞、プロデュースを担当しました。
2005年、アイドルグループakb48を立ち上げて、総合プロデュサーに就任しました。
akb48は最初は専用劇場で毎日公演を行う、会いに行けるアイドルとして誕生しました。
その後、akbグループの姉妹グループを、次々と設立しました。

akbと坂道グループの違いを秋元康が説明

akb48グループ並びに、乃木坂、欅坂の坂道シリーズの総合プロデューサー秋元康さんのある発言で、坂道ファンが沸いています。
坂道シリーズでは、akb48グループのように、姉妹グループでのグループをまたいだ選抜や、兼任をするようなことはしない。
と秋元康さんは語っています。
akb48には、サプライズという形で、色んな試練を用意したが、乃木坂46、欅坂46の場合は、自分たちでやりたいと思う方向に未来があるとも語りました。
特に、乃木坂は層が厚く、握手券を完売していても、選抜に入れないメンバーもいるので、これ以上競争率を高めるのは逆効果だと、ファンは思っているようです。
兼任などがあったら、メンバーのモチベーションも下がるのでは?
という声もあります。

akbグループ総プロデューサー秋元康と、ハロプロ総合プロデュサーつんく♂のアイドル像

akbグループを手掛けるのは秋元康さん。
その秋元さんと双璧をなすのが、ハロプロを手掛けるつんく♂さん。
秋元康さんとつんく♂の違いを、作詞の観点から見て行きましょう。
akb48ブレイク以降、秋元作品では一人称が”僕”、二人称が”君”であることが多いです。
思い返してみると、僕、君で表現されている歌詞が、あまりにも多いことに気付きます。
歌詞の中では、学生生活を想起させる内容も多く、ターゲット層を10代~20代の若い男性を仮定するならば”僕”はファンに、”君”はアイドルにすることが出来るので、ファンにしてみれば強い共感を持ちます。
しかし、実際のアイドルファンの年齢層は、10代20代よりも30代以上が多く、共感よりも経験出来なかった恋愛への憧れの感情に近いのです。
僕、君ソングは、おっさんの憧憬なんですね。

一方、つんく♂さんが作るアイドルの楽曲では、”僕”という一人称は出て来ません。
主人公はいつも少女です。
ハロプロメンバーのBerryz工房などは、正に、10代前半から半ばくらいの年齢。
つんく♂さんはメンバーと同世代の少女たちの気持ちを歌詞にしています。
つんく♂さんは、楽曲作りの際に、メンバーたちの楽屋での話しを聞いて、どんなことを考えているのか、どんなことが流行っているのかをリサーチして、作品に反映しています。
つんく♂さんは「表現者としてのアイドル」をプロデュースしているので、アイドル一人一人を主体性を持った個人として扱っています。
秋元康さんの場合は「いかにファン”僕”が、お金を払いたいと思える”君”になれるのか」といった、アイドルを商品として扱っています。

akbメンバーの卒業に秋元康が思うこと

akbメンバーの卒業に関して、秋元康さんはこう語っています。
「ファンが求めていたり、運営や他のメンバーが求めているのに、まず自分が飽きちゃって、放棄しちゃう今の子たちを見ると、もう卒業しちゃうの?って思う。akbを続けていくことに不安もあるだろうけど、結論が早い」
秋元康さんが思うのは、akbというのはあくまでも途中経過であって、次へのステップ台。次の台が見えて、足がかかったら卒業すべき、とも言っています。
秋元康さんは、卒業していくメンバーのあの子を頼むね、とテレビ局の人間にお願いしているそう。
人脈を使っての売り込みですが、仕事として実を結ぶのは、そう簡単ではありません。
akb卒業後、一線で活躍している人は、ほんの一握りです。
女優として一から勉強したい、と言って卒業していくケースに対しては、「勿体ない、せっかくakbという環境があるのに、ドラマや舞台など演技の仕事も多いakbという特殊な環境で、もっと経験を積んで欲しい」と言っていました。

akbグループ総合プロデューサーの秋元康さんの限界

思えばおニャン子クラブは、数年で解散してしまいました。
akbメンバーは、卒業という形で、新しい世代にバトンタッチすることが、長く引き継がれています。
秋元康さんから見たら、自分の子供と言ってもいい年齢の若い女の子たちです。
そんな若い女の子たちを育て、企画構成、作詞していくことに限界はないのかな?
と、一般人として思ってしまいます。
単にakbグループを地方や海外に拡げるだけではなく、もう少し、仕掛けが欲しいというか、新たな驚きとトキメキを感じさせて欲しいと思います。

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