【羽生結弦選手】数々の怪我を乗り越えて五輪シーズンに臨む

これまで何度も世界最高得点を更新したり、グランプリファイナル連覇や全日本選手権の連覇を果たすなど数々の記録を打ち立ててきた羽生結弦選手。実はその裏で怪我とも戦ってきたのです。五輪シーズン初戦が開幕間近。二度の大きな怪我を乗り越えてきた羽生結弦選手に迫ります!

羽生結弦選手ってどんな人?

羽生結弦選手は、1994年12月7日生まれの22歳。
生まれ故郷は宮城県仙台市。血液型はB型。
身長は172センチ、体重は53キロ。
2012年よりカナダのトロントにあるクリケットクラブに所属している。
現在のコーチは、ブライアン・オーサー氏。
スケート靴の調整は、以前師事していた阿部奈々美氏の夫である年伸氏が担当している。

フィギュアスケートを始めたのは?

※上がノービス時代の羽生結弦選手。

4歳の頃、スケート教室に通っていた姉の影響で羽生結弦選手もスケートを始めました。
9歳になると全日本ノービスBクラスで優勝。
中学1年生の時(ノービスクラス)には、全日本ジュニア選手権で3位の成績を残します。
ノービスクラスの選手が表彰台に上がったのは日本人男子選手では初めてのことでした。
このようにジュニアに上がる前から注目される選手だったのです。

その後の羽生結弦選手は?

ジュニア時代には、JGPF(ジュニアグランプリファイナル)を制覇、全日本ジュニア2連覇、世界ジュニア選手権でも優勝。
ジュニア3冠を引っ提げ、2010年にシニアデビューを果たしました。

2013年世界選手権と怪我

2月の四大陸選手権後にインフルエンザで長期間、練習が出来ない日が続いていた羽生結弦選手。
体調回復後には左膝の怪我。
ほぼ練習もままならない状態で臨んだ2013年の世界選手権。
この世界選手権というのは、ソチオリンピックの枠取りもかかった大切な試合でした。
故障の影響もあり、SPでは9位。
”なんとか巻き返さなければならない””自分の枠(オリンピック出場権)は自分で取りに行く”…。
そんな覚悟の中、FS公式練習では右足首を故障してしまったのです。

まさに満身創痍の状態で臨んだFSは3位。総合では表彰台には僅かに届かなかったものの4位。
高橋大輔氏との合計成績でソチオリンピックの枠は3枠確保することが出来ました。

2014年GPS中国杯でのアクシデントによる怪我

2014年にはある出来事が起こりました。

GPS(グランプリシリーズ)6分間練習中に衝突

グランプリシリーズ3戦目の中国杯。FS演技前の6分間練習。
後ろ向きに滑っていた羽生結弦選手が前を向いた瞬間、中国のハンヤン選手と正面衝突してしまったのです。
会場から聞こえてくる悲鳴。
ハンヤン選手はなんとか自力で動ける状態でしたが、羽生結弦選手はリンクに倒れたまま、しばらく動くことが出来ません。
この衝撃的な瞬間のことは現地観戦していた方も、テレビのライブ中継を観ていた方も忘れることが出来ないのではないでしょうか。

菊池トレーナーに支えられている羽生結弦選手。

その後羽生結弦選手は立ち上がろうとしますが起き上がることができず、菊池トレーナーに支えられ、リンク外へ誘導されます。
医師による怪我の診断と治療の為、一度リンクを後にしますが羽生結弦選手は、頭とアゴにテーピングをし、リンクへ戻ってきました。
怪我は大丈夫なのか?演技どころではないのでは?選手生命にも関わるのでは?棄権するとの発表をする為に戻ってきたのでは?
この瞬間の出来事を観ていた人はきっと、色んな想いを巡らせていたと思います。

顔面蒼白のまま、演技が始まる

「ハンヤンは?」
治療後、自分の怪我のことより衝突してしまった相手選手を気遣う羽生結弦選手。
ハンヤン選手の元へ駆け寄り握手をし、演技に臨みます。
その顔は顔面蒼白。
ジャンプは全てを決めきることは出来なかったが、後半の3連続ジャンプを決めるなど154.60点。
SPとの合計得点は237.55点で2位に入りました。

結果を聞き、涙する羽生結弦選手。

同年のグランプリファイナルから腹痛も…。

2014年12月30日、尿膜管遺残症であることが発表されました。
やっと怪我が治ったと思ったところに今度は病気を患ってしまいます。
すぐに手術をしたとのことですが、2週間の入院と1ヶ月の安静が必要だったそうです。
激動のシーズン、世界選手権は2位に終わりました。

羽生結弦選手、2016年4月に左足の怪我を発表

2016年世界選手権後の4月。左足怪我により故障。
羽生結弦選手が左足リスフラン関節靱帯損傷であると発表されました。
この時は全治2ヶ月の安静加療が必要であった為、日本には戻らず拠点地となっているカナダ(トロント)で治療に専念していました。
その為、2016-2017年シーズンに向けての調整が遅れてしまいました。

【心配】怪我人が続出…フィギュアスケートと怪我

山本草太選手、3度の骨折

シニアデビューの予定であった2016-2017年シーズンは度重なる怪我に苦しんでいました…。
シニアデビューを控えた2016年の3月に右足首を骨折し世界ジュニア選手権を辞退しました。
同年8月には、右足内側くるぶしの怪我(疲労骨折でした。)2ヶ月後の10月に3度目の骨折。
1年以上、治療とリハビリの日々が続いていましたが2017年9月。中部ブロック大会に出場しています。
まだ本調子ではない為、ジャンプは全てシングルだったそうですが、フィギュアスケートに対する情熱は消えていないようで”99.9%は無理だと思うけど平昌五輪を諦められない”と語っていました。

ジュニアの島田高志郎選手も怪我…。

今年2017年7月に左内転筋断裂と発表。
2017年1月頃から痛みが出ていたそうです。
なお、島田高志郎選手は今春からスイスを拠点に練習中で現在はステファン・ランビエール氏に師事しています。

宮原知子選手は怪我で2017年の世界選手権も欠場している。

2017年2月の四大陸選手権と3月の世界選手権に出場予定だった宮原知子選手は、左股関節の疲労骨折のため2試合とも欠場しています。
なお、今季宮原知子選手の初戦はグランプリシリーズNHK杯です。

村上大介選手は右足甲を痛めていた?

2016年秋頃に右足甲を痛め、同年後半の試合は欠場していました。
今年2017年1月より氷上での練習を再開。
ジャンプは春頃から跳び始められる状態になっていたそうです。
今季は既に9月のオータムクラシックに参戦しています。

田中刑事選手は怪我により、今シーズンのロシア杯を欠場。

9月のオンドレイ・ネペラ杯の試合前、ジャンプの練習中に転倒し怪我。
右腸腰筋筋損傷で約3週間の安静と加療が必要と診断されたそうです。
田中刑事選手は”11月の中国杯に向け、治療に専念し回復に向けて頑張ります”とのコメントを残しています。

【怪我を乗り越えて】羽生結弦選手、今シーズン初戦へ

男子は4回転ジャンプが当たり前という風習になったおり種類も多様化、女子は3回転-3回転の連続ジャンプの精度を上げることが重要視され、練習中に怪我をする選手が増えています。
今季は平昌オリンピックも控えています。
今回ご紹介した羽生結弦選手を含め、どの選手にも怪我なく健康な状態でオリンピックに臨んでほしいですね。
羽生結弦選手の今後の活躍に乞うご期待です!

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