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    鬼才の映画監督伊丹十三その軌跡とは?珠玉の映画作品その魅力を語る

    映画監督・俳優・脚本家・エッセイスト・イラストレーターと多彩な顔を持つ伊丹十三さん。俳優から監督に至るまでの軌跡を追っていきたいと思います。又、ヒットした数々の映画にこもる伊丹十三さんののメッセージ、その魅力を一緒に紐解いていきましょう。

    鬼才伊丹十三監督の軌跡

    はじめに、鬼才ととして知られる伊丹十三さんの俳優から映画監督としてまでの軌跡を追っていみましょう。
    まずはプロフィールから紹介しましょう。

    伊丹十三プロフィール

    本名   池内 義弘(いけうち よしひろ)
    生年月日 1933年5月15日
    経歴   1954年新東宝編集部へ就職、そこを経て商業デザイナーとなる。
         1970年大映に入社 伊丹一三として俳優デビュー
         1967年伊丹十三に改名
         1984年映画監督としてデビュー、「お葬式」をはじめ数々の映画をヒットさせる。
         1997年64歳で死去

    父、伊丹万作三との関係について

    伊丹十三さんの父、伊丹万作さんは、「花火」、「国士無双」、「忠次売出す」など脚本、監督と戦前戦中にかけて活躍した映画人でした。
    脚本を手がけた「無法松の一生」は不朽の名作として今も語り継がれています。

    父、伊丹万作と

    父、伊丹万作さんは、映画監督としてだけでなく、挿絵家、随筆家としても活躍していたそうです。
    伊丹十三さんが13歳の時結核で死去。

    父親が結核を患っていたことから、あまり触れ合うこともなく、又厳格だったこともあり、伊丹十三さんの父親に対する葛藤は強かったようです。
    生前は父親についてほとんど話すことはなかったようですが、伊丹十三さんのマルチな活躍は父親の姿そっくりのように思えます。

    伊丹十三の手がけた作品集

    俳優伊丹十三

    1963年、大映から「伊丹一三」として俳優デビュー。
    「北京の55日」、「ロード・ジム」などのハリウッド映画にも出演。
    「黒い十人の女」(1961年)、「もう頬づえはつかない」(1979年)、「スローなブギにしてくれ」(1981年)など映画俳優として活躍します。

    1983年、「家族ゲーム」、「細雪」でキネマ旬報賞助演男優賞、報知映画賞助演男優賞。
    映画俳優としての地位を確立。

    企画から演出まで、テレビの魅力にはまる伊丹十三さん

    1970年にスタートし現在も続く人気番組「遠くへ行きたい」(テレビユニオン制作)では初出演から、企画、演出に関わっており、テレビの魅力に取りつかれた伊丹十三さん。
    これ以降テレビマンユニオンと組んでテレビ番組、CM作成を多く手掛けることに。

    伊丹十三さんとテレビマンユニオンが組んで制作した代表的な番組は「天皇の世紀」。
    朝日新聞で掲載された「天皇の世紀」は掲載中の1971年にドラマ化され、伊丹十三さんは岩倉具視役で出演。
    第二シリーズではドキュメンタリー編としてホスト役で出演しています。

    「廃仏毀釈」の回では自ら演出。
    怒りをあらわに出した伊丹十三さんの演出は、見ているものをドキリとさせます。
    伊丹十三さんの映画には、どこかドキュメンタリーの要素を感じさせるのは、こういった番組作りに強く影響を受けているのでしょうか。

    個性的なCM作品

    いいなCM 味の素 マヨネーズ 伊丹十三

    特に人気だったのは味の素のCM.
    料理通として知られる伊丹十三さん、簡単レシピはとても好評で人気でした。

    松下電器 冷蔵庫 CM ルーツ編

    松下電器の冷蔵庫「ビッグ」のCMはドキュメンタリータッチの作品。
    こういったテレビ番組、CMが後の映画監督伊丹十三さんの下地を作っていたんですね。

    デビュー作にして異例づくしの映画「お葬式」

    1984年、公開されたデビュー作「お葬式」は予想を超える大ヒット。
    日本アカデミー賞、芸術選奨新人賞を始めとして30を超える賞を獲得。
    デビュー作として異例の快挙を遂げ、一気に映画監督伊丹十三の名を世間に広げることに。

    この映画のモデルは、妻、宮本信子さんのお父さんが亡くなった時の話をヒントにしたもの。
    お葬式を通して見える人間の愚かさ、右往左往する人々をコミカルに表現されていているところが面白いところ。

    映画「お葬式」予告

    この「お葬式」という映画、そのテーマからなかなか配給会社が決まらず、上映された映画館はわずか10館。
    そこからだんだん火がついて全国的にヒットに至ったとか。
    とにかく是非見てほしい映画の一つです。

    賛否両論、マニアックだった二作目「たんぽぽ」

    伊丹十三監督、第二作目「たんぽぽ」。
    話の本筋は、さびれたラーメン屋を立て直す物語。
    本筋と関係ないエピソードがそこここに挿入されている異色の映画です。

    オムライス

    ふわふわオムライスの作り方。
    本編とは全く関係ないエピソード。
    こういったエピソードが全部で13も挿入されています。
    あまりにもマニアックすぎたせいか興行的には失敗に終わった映画になってしまいました。

    そんなタンポポですが、日本国外での評判は良く、特にアメリカでの興行成績は邦画部門2位に輝くほど。
    改めて見てみたい映画です。

    自分らしい死に方とは?考えさせられる映画「大病人」

    世間では伊丹十三監督が暴漢に襲われ入院したときの体験を基に作られたと思われている1993年公開の映画「大病人」。
    実は全く違うんですね。
    それは、1990年に出版された大ベストセラー、「病院で死ぬということ」(山崎章郎著)を読んで触発されたようです。

    癌に対ずる考え、週末医療について、著者山崎章郎さんとの綿密な取材によって作られた映画なのです。
    その内容は、映画の中の数数のエピソードに活かされています。
    自分の死にざまについて考えさせられる映画。

    「あげまん」(1990年)

    捨子だった主人公ナヨコが芸者になり、最初の旦那、その僧侶があれよあれよという間に出世。
    それから「あげまん」と呼ばれるように。
    男性の出世欲と女性の健気さを表現した心温まる映画です。
    さげまんVSあげまんの対比が面白いです。
    花柳界の隠語だった「あげまん」という言葉も知られるようになり、当時の流行語になりました。

    唯一の原作付映画「静かな生活」(1995年)

    松山東高校時代からの親友であり、義弟でもある大江健三郎さんの同名小説「静かな生活」の映画化。
    オーストラリアに行くことになった両親の留守を守るマーちゃんと障害を持つ兄イーヨーとの日常を描いたもの。

    A quiet Life 「静かな生活」 - Trailer 予告編

    兄イーヨーの淡い恋、水泳のコーチ新井のマーちゃんに対する執拗な思い。
    ほのぼのとしたストーリーの中に「新井君とマーちゃんの事件」という毒が盛り込まれている所が伊丹十三監督らしいですね。

    「マルサの女」、「マルサの女2」と比較して異色ということもあり、興行的には失敗に終わってしまった映画でした。
    今だからこそじっくり見直すべき作品なのかもしれませんね。

    ◯◯の女シリーズ

    ◯◯の女といえば=伊丹十三の映画というほど。
    マルサの女(1987年)
    マルサの女2(1988年)
    ミンボーの女(1992年)
    スーパーの女(1996年)
    マルタイの女(1997年)
    と五作もあります。一つ一つみてみましょう。

    マルサの女(1987年)

    実際の捜査官や税関係者に取材したり、実際にあったエピソードをもとに作られた社会派映画ともいえる「マルサの女」。
    伝説の査察官北島孝康さんや「お金の神様」といわれた邱永漢さんなど、そうそうたる人の協力あって完成した映画です。

    宮本信子ふんする主人公板倉亮子を筆頭に、査察部VS悪徳脱税者の熾烈な戦いをユ―モアたっぷりに表現しているところは、伊丹十三監督らしさがしっかり出ています。

    第11回日本アカデミー賞(1988年)最優秀作品賞・最優秀主演男優賞(山崎努)・最優秀主演女優賞(宮本信子)・最優秀助演男優賞(津川雅彦)と映画賞を総なめにするほど。
    伊丹十三監督作品の中で最もヒットした映画です。

    マルサの女2(1988年)

    「マスサの女」の第二弾。
    映画公開の1988年といえば、バブルまっただ中の時代。
    社会的に問題となっていた地上げや宗教がらみの事件をもとにしています。
    伊丹十三監督が本当に描きたかったのは、実はこちらの方だったのでは?という声も聞こえてきます。

    ミンボーの女(1992年)

    ヤクザの民事介入暴力(略称:民暴)をテーマとする作品。
    公開直後、伊丹十三監督は刃物を持った5人組に襲われ、全治三か月の重傷を負ってしまう。
    おりしも公開2ヶ月前に「暴力団対策法」が施行されており、注目を浴びてヒットした映画。

    ヤクザにいいように利用されている「ホテル・ヨーロッパ」。
    サミット招致を断られたことから一念発起ヤクザの排斥に立ち上がります。
    対応のまずさからますます脅しがエスカレートに。
    困った末、頼ったのはミンボー専門の女弁護士・井上まひるだった。
    ヤクザの手口を教え、授業員たちに屈しないことを教えるまひる。
    そんな時事件が・・・
    本編は是非映画で。

    スーパーの女(1996年)

    スーパー大好き主婦井上花子が幼馴染の経営するだめスーパー「正直屋」を立て直していくというストーリー。
    バブルも弾けたデフレ時代、「安ければそれでよし」の風潮に疑問を持った伊丹十三監督流の風刺が効いています。

    食肉偽装問題、賞味期限切れ食品の使い回しなど、当時起こった事件をタイムリーに取り上げている所がこの映画のヒットの所以ではないでしょうか。
    ビシバシ指摘する花子の魅力も満載です。
    これを見たら、行きつけのスーパーをきっと観察してしまうでしょう。

    マルタイの女(1997年)

    伊丹十三監督の遺作となった最後の映画。
    監督自らが暴漢に襲われ、警察のマルタイ(身辺保護の対象者)となった経験からこの作品が作られたものであることは有名です。

    弁護士夫妻の撮人現場を見てしまった女優の磯野ビワコ。
    ビワコの命を狙う「真理の羊」の信者とそれを守る二人の刑事。
    不利な証言を言わせないため、あらゆる手段を使って脅す教団。
    それに屈せず勇気をもって証言するビワコ。
    暴力には屈しないという伊丹十三監督のメッセージが色濃く感じられます。

    映画から何を感じますか?

    1997年自らの命を絶った伊丹十三さん。
    その死については不倫、暴力団との確執などいろいろな憶測が流れています。
    本当のところはいまだに不明です。
    この10作品からどんなメッセージを感じますか?

    伊丹十三さんの映画は、一つ一つに明確なメッセージを持っているように思います。
    当時の問題にスポットを当て、面白おかしく茶化しながらもしっかり核心をつく。

    映画を観終わった観客は、「へ―、そうなんだ。」と感心して一つの事を学び、考えさせられることでしょう。
    ドキュメンタリーを多く手掛けてきた伊丹十三さんの手腕といえるのではないでしょうか?
    是非一つ一つ吟味してみて頂きたいと思います。

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